25歳になった千尋_高尾山

さて、赤色の円の部分が今回探索した地域。それでは青い円の部分は?

このGoogleMap には、中山介山『大菩薩峠』の「小名路の巻」や「禹門三級の巻」「無明の巻」で登場した地名もマッピングしてありました。

20161016_01-2016-10-10-05-03.jpg

小仏峠、駒木野宿、小名路、蛇滝、高尾山、高尾山薬王院、炊谷、十一丁目、大平、上野原など。そう高尾山とその近辺です。

今回、冒頭の武蔵野市、三鷹市、調布市、府中市あたりからの移動シーンと雰囲気の似ている街道、国道20号線(甲州街道)や都道173号線(北野街道)、160号(野猿街道)、47号線(町田街道)を辿っていくと、どれも高尾山に行き着いてしまいます。

鈴木プロデューサーは『大菩薩峠』について語っています。

「団塊の世代の教養と感性」の持ち主の鈴木さんは、机竜之介の非情に徹したニヒリズムに感動したらしいのですが、自分としては、『大菩薩峠』が面白くなるのは「間の山の巻」以降なので、鈴木さんの感性はいかにも団塊の世代そのものといった感。

しかし、その団塊の世代の感性をも越えている宮崎駿監督と『大菩薩峠』についてはあまり話題になりません。

このような事情で、高尾山周辺については飛ばして考えていたのですが、ここはぜひ一度は訪れてみたい場所なので、ついでに高尾山周辺も調べてみることにしました。

すると、なかなか面白いものが続々と。


『千と千尋の神隠し』と高尾山

20161022_01-2016-10-15-11-00.jpg

荻野一家は八王子を南西方向に移動して、小高い山に新たに開発されたニュータウンに着きます。国道20号線を多摩市あたりから甲府方面へ移動すると、緑が多く小高い山のある場所として関東山地の東端の山、高尾山があります。

どうもこの高尾山には、『千と千尋の神隠し』に登場する舞台装置や役者がかなり揃っているような気がするのです。


「神明神社」_鳥居と石の祠

20161016_02-2016-10-10-05-03.jpg
20161016_03-2016-10-10-05-03.jpg

裏高尾町にある神明神社には、古い鳥居や石の祠があるようです。

20161016_04-2016-10-10-05-03.png


「小仏城山」の天狗像_蛙の石人

20161016_05-2016-10-10-05-03.png

20161016_06-2016-10-10-05-03.jpg
小仏城山の天狗木人

小仏城山は高尾山の隣に位置する山。ここからの眺めは『大菩薩峠』にも描かれています。(これは天狗木人ですが。)

20161016_07-2016-10-10-05-03.jpg

荻野一家が不思議な町に迷い込むときに現れたのが石人だったことついては、少々考えられさせられました。

日本では、結界を示すために「道祖神」「祠」「庚申堂」「地蔵」などの石神や石仏、石標などが置かれますが、石人は中国において墓の格式を示し、その守護と悪鬼駆除が目的とされています。

日本での石人は猿石と同様、何のために作ったのか謎です。

20171023_02.JPG

中国風に「不思議の町」の守護ということなのでしょうか。それならばその先の神域にある「不思議の町」というのは黄泉の町でもあるかもしれません。


蛙人(あじん)

20161016_08-2016-10-10-05-03.jpg

宮崎作品に登場するキャラクターには、なぜリアリティがあるのか?半径3メートル以内にいる人たち、実在する人たちをモデルにしているからなんです。

特に目つきの変化が印象的で、一度見たら忘れられなくなったこの特徴的な蛙人の顔。あるとき街でそっくりな顔の人を見かけたことがあります。やはり石人にもモデルがいるのでしょうか。
蛙人を「あじん」と読むことができたのは、愛読書のひとつに岡本綺堂先生の青蛙神を題材にした『青蛙堂鬼談』があるからです。

20161016_09-2016-10-10-05-03.jpg

青蛙とは中国の三足蛙の霊獣のことで、織田信長公が愛したとされる香炉が有名です。

20161022_03-2016-10-15-11-00.jpg


「案内川」_川を越える

20161016_10-2016-10-10-05-03.png

20161016_11-2016-10-10-05-03.jpg
大垂水峠 案内川上流

向こうの林の中に石人がこっちを向いていそう。

作法・礼儀・知識のない者は境界を越えたり領域内に迷いこむことができてしまい、領域や動作を冒す侵入者として扱われ、無作法または無作法者とよぶ。

Wikipedia_結界


「両界橋」_異界と結ばれた橋

20161016_12-2016-10-10-05-03.png

そして、高尾山の北側を流れる南浅川をJR中央本線の鉄橋と国道20号線が交差するところに架けられた橋の名が「両界橋」。

実際には1907年(明治40年)木造で架けられ、1922年(昭和 7年)鉄筋コンクリート橋に改架されていますので、そんなに昔からあったわけではありませんが、名前からして、まるで現世(うつしよ)と神域あるいは死の国のある常世(とこよ)を結ぶ橋のイメージ。

誰がどうしてこんな名前を付けたのでしょう。

この橋を渡った先、国道20号線を右にそれて入る旧甲州街道には駒木野関所(通称小仏関所)があり、その関所破りを磔刑にした「小名路の磔場」と呼ばれた処刑場がこの両界橋の際にあったそうで、それは物凄いところだったそうです。

(その隣で供養の花を売っていたのが『大菩薩峠』に描かれる小名路の「花屋」の前身。)


「両界橋隧道」_トンネルを抜ける

20161016_13-2016-10-10-05-03.jpg

両界橋の脇道には、JR中央本線下り方面の高架下だけに甲武鉄道時代に作られたレンガ造りの隧道(人道トンネル)があります。もともと単線だったのを後年コンクリートの橋梁を足して複線化したため、上り線にはありません。

ということはこの半分しかないトンネル、途中から急に天井が高くなるわけです。荻野一家が楽復時計台駅に入っていく感覚でしょうか。


「高尾駅」_楽復時計台駅


The Metaphysical Art of GIORGIO de CHIRICO

デ・キリコの絵は「どこかでみた風景」とよく言われます。精神分析に「既視感」とか「既体験感」といった言葉がありますが、デ・キリコの作品は似たような反応を呼び起こし、不安や郷愁で困惑させられ不思議な力で惹きつけられるのです。

賢者の石ころ: 徒然に形而上絵画の画家『ジョルジョ・デ・キリコ』

20161016_14-2016-10-10-05-03.png
楽復時計台駅待合室

20161016_15-2016-10-10-05-03.png

20161016_16-2016-10-10-05-03.png
『銀河鉄道の夜』

高尾山周辺では見つけることはできなかったのですが、

最初このシーンを見て、杉井ギサブロー監督の『銀河鉄道の夜』の世界を感じました。時がまだ昼間なので荻野一家には何も見えていないのですが、黄泉の国へ旅立つ人々が何人も座って電車を待っている、そんな情景も見えてきます。

エンディング近くの千尋が電車に乗って沼の底に向かう向かうシーンになったとき、やっぱりこれは宮崎流『銀河鉄道の夜』だと確信。

同時に『紅の豚』での戦死した戦闘機乗りのが彷徨う天空の川も思い出したのです。

20161016_17-2016-10-10-05-03.jpg
JR中央本線・京王高尾線の高尾駅

そして、陽の落ちた夜と昼の端境には常世と繋がり、けばけばしいほどの華やかな照明のもと、到着して渡し舟を待つ神々たちで賑わい始めます。

20161016_18-2016-10-10-05-03.jpg
新橋駅の夜

突厥石人は別名草原石人

20161016_20-2016-10-10-05-03.png
20161016_21-2016-10-10-05-03.jpg
20161016_22-2016-10-10-05-03.jpg

ここも高尾山周辺では見つけることはできなかったのですが、

楽復時計台駅を抜けた荻野一家の目の前に広がるのが、石像が点在する草原の風景。

突厥は対外戦争における功労者に対し、戦没の追悼として石人像を製造した。石人像は多数造られ、どれも独特の表情や容姿でデザインされた。また早くから文字を使用し(突厥文字と呼ばれる。アラム文字、ソグド文字などに由来するとされている)、これらは8世紀に作られた碑文などに刻み込まれた。突厥碑文で有名なものは、イェニセイ川上流域で発見されたイェニセイ碑文、そしてオルホン河畔で発見された毘伽可汗時代のオルホン碑文などがあり、これらは現存するトルコ語最古の貴重な資料として、現在でも深く研究されている。

世界史の目-Vol.207-突厥

『NHK特集 シルクロード』に登場して、多くの日本人が知ることになった突厥(チュルク)。中国の新疆ウイグル自治区の草原地帯には200体もの石人があちこちに点在していて、その多くは、突厥時代に作られたものと考えられています。

20160922_03-2016-10-10-05-03.jpg
新名神高速道路 甲南PA下り

「古淵」_川の主の住む淵

20161016_19-2016-10-10-05-03.jpg

小名路の花屋の裏手、奥の両岸から岩がせり出したところが江戸時代には「獅子淵」と呼ばれた「古淵」と呼ばれる景勝地。何人もの子供がここで水難に遭い、地元の子供はあまり近寄らないところだそうです。

岩だらけの川を越えるとき、千尋の母が子を見守ることなく振り返って

母 : 千尋、はやくしなさい。
千尋: まーってー!

宮崎監督は当時のバブル世代の母親像を実に見事に描き出していて、つい画面に向かって拍手してしまいました。

そしてまたしても蛙の石人が迎えるのです。

20161016_24-2016-10-10-05-03.jpg


「天狗」_神隠しと湯婆婆と銭婆

20161016_25-2016-10-10-05-03.jpg

「神隠し」は天狗隠しとも。高尾山は天狗の住む山。

薬王院飯縄権現堂前には、右側に鼻の高い大天狗、左側には烏の嘴を持った烏天狗の小天狗の像が立っています。


Japanese Old Animation (1929年)

意外なのは、お湯との関係。


「天狗と湯立て」_湯屋油屋

20161016_26-2016-10-10-05-03.png

『千と千尋の神隠し』の湯屋のモチーフとなったといわれる遠山郷の霜月まつりには、天狗の面をつけた舞い手による湯立ての所作がみられます。それは年一回の神と人間の出会いの夜。


信州遠山郷 「霜月祭り」


天狗と温泉

20161016_27-2016-10-10-05-03.jpg

栃木県の北温泉の天狗の湯は大天狗が宝亀年間(770~)発見したといわれ、その時出口の上にあった畳6帖ほどの大岩が天狗の投げ石として現存しています。

有名な天狗の大きなお面は、湯婆婆と銭婆のふたりを思い出してしまいます。

変身して空を飛び魔法の使える魔女と飛行自在で神通力を持つ天狗。そして大天狗が経営し、その眷属達が働いている温泉宿が「湯屋」という設定はどうでしょうか。


「ラブホ」_国道20号線沿い

千尋: こんなとこに家がある
父 : やっぱり間違いないな。テーマパークの残骸だよ、これ。 90年頃にあっちこっちでたくさん計画されてさ。バブルがはじけてみんな潰れちゃったんだ。これもその1つだよ、きっと。

郊外に延びる国道のちょっと脇道にあるものといえば、やっぱりラブホテル。

高尾山にもちゃんとありました。「油屋」とはバブルの頃に流行ったラブホテルの成れの果てなのかもしれません。

隣り合う性と死。ラブホテルの近くには何故か墓地や寺が多い気がします。

20161018_05-2016-10-15-11-00.png

20161018_01-2016-10-15-11-00.png
20161018_02-2016-10-15-11-00.png
20161018_03-2016-10-15-11-00.png
これ大好き。千尋に見つめられたこの大きな鳥さんの表情は最高です。

宮崎駿の映画って、あの世へ行って、そこで体験したことをもとに現世へ戻ってくるんですよ。“あの世感”を描くのが宮崎駿はうまい。それを肥大させたのが「君の名は。」だと、僕は思いました。

鈴木敏夫が語る「モンスターストライク THE MOVIE はじまりの場所へ」

20161018_04-2016-10-15-11-00.jpg
ラブホテルは草食系の時代でも健在なようです。


「高尾山の生き物達」_登場キャラ

TAKAO 599 MUSEUM 高尾山の宝物達

20161016_28-2016-10-10-05-03.png
体長が 2mにもなるアオダイショウは、ハク。

20161016_29-2016-10-10-05-03.png
ニホンアマガエルは、従業員のおとこ衆。

20161016_30-2016-10-10-05-03.png
モエギザトウムシは、釜爺。

20161016_33-2016-10-10-05-03.png
アカネズミは、銭婆の魔法で姿を変えられた坊。

20161016_31-2016-10-10-05-03.png
ハシブトカラスは湯バード。

20161016_32-2016-10-10-05-03.png
ニホンイノシシ、家畜化されたのがブタ。


なめくじ女

20171023:01.jpg

従業員のおんな衆のナメクジ、多分いるでしょう。

この女は、自分が美濃の国にいて、相手を近江の国へ置いて寝物語をするというだけの興味でいい気持になり、まだ宵の口なのに早くも夜具をしつらえ、行燈あんどんを細目にし、帯を解いて寝巻に着替えて、横になってクルリと向き直って、隣りの家の障子越しに呼びかけてみたものです。 女がはしゃいでいるのに、男は返事をしないが、これも多分、同じように、宵の口を夜具の上に寝そべっていての応対に違いない。 「ねえ、あなた、乙(おつ)じゃなくって……」 といったような甘ったるいもので、女ははや蒲団の上で、なめくじのように溶け出して、手に負えない。

大菩薩峠「不破の関の巻」


児雷也


Goketsu Jiraiya

『千と千尋の神隠し』に登場する龍蛇神や蛙男、なめくじ女。

それは蝦蟇をあやつる妖術を身につけた児雷也やナメクジをあやつる術をつかう綱手(つなで)、蛇を自在にあやつる宿敵大蛇丸も登場して、三すくみの展開を繰り広げる『児雷也』の世界。

苦団子もでてきます。

それは新しい日本の昔話

高尾山近辺だけでもこれだけ探し出せるということは、この『千と千尋の神隠し』は、日本人が神代の昔から心の奥に共通して持っている風景をみごとに描き出して、郷愁に溢れた新しい日本の昔話を創り上げたのかもしれません。


本日の1本。

この雰囲気、油屋での宴会風景と似てるような。


杉浦茂 少年児雷也 第1話

コメントを残す