ドアの向こうの夏時代。_鳴子ダイエー物語 3

彼はいつまでたっても、ドアというドアを試せば、必ずそのひとつは夏に通じるという確信を、棄てようとはしないのだ。
そしてもちろん、僕はピートの肩を持つ。

『The Door into Summer』Robert Anson Heinlein

現在では民間資本の総合開発力も向上して交通の便のいいショッピングモールを中心として高層マンション、公園や病院が併設される開発手法があたりまえになっています。

その40年以上前のこと。とくに計画されたわけではないようですが、ダイエー鳴子店は自然に相生山団地と鳴子団地およびその周辺の住宅地区を広域市街地化する中核となりました。

開店当初「鳴子ショッパーズプラザ」 と称されたように、広い駐車場にスーパーと銀行を合わせ持ち、さらに専門店街が併設された郊外型のショッピングセンターは当時最先端の小売業態でした。

当時としては夢のような店が、周囲もただむき出しの盛り土された土地と田畑があるだけ。舗装道路も店を過ぎた東端の池あたりで終わり、あとはブルドーザーが粗っぽく均した道が繋がるのみ。そんな何もないところに突然現れたのです。

郊外に移り住んで世の事情に疎い高校生の自分には、突如として荒涼とした宅地造成地帯に不釣り合いなモダンな建物を目の当たりにして、新しい時代が具体的なカタチをして降り立った気がしたものです。

時代は開店翌年のトイレットペーパー騒動で記憶される第1次オイルショックにより、それまでの高度経済成長時代が終焉を告げ、安定成長期へと移行。

高度経済成長時代は、自分が生まれて過ごした少年時代と数ヶ月の差でぴったり重なり合う1954年12月から1973年11月までの19年間。その終わりが告げられたのです。

そして次の時代の安定成長期とともに過ごす青年時代への入り口がダイエー鳴子店なのでした。

本日の一曲

暑い夏のけだるい風景には不思議な静けさが似合います。

Chick Corea – “Crystal Silence” 1972

NEXT → カフェテリアの陽光_鳴子ダイエー物語 4

広告