『3001年終局への旅』のミニドラマ

3001: Final Odyssey – Halman by NUG3M

アーサー・C・クラーク氏の宇宙の旅シリーズのうちの 4作目となる『3001年終局への旅』のミニドラマが制作されるそうです。

 

『ブレード・ランナー』や『エイリアン』で知られるリドリー・スコット監督が、『2001年宇宙の旅』のミニシリーズ制作について米サイファイチャンネルと契約を結びました。タイトルは「3001: The Final Odysseey(3001年終局への旅)」です。

アーサー・C・クラーク氏の宇宙の旅シリーズには、

2001: A Space Odyssey 『2001年宇宙の旅』 (1968年)
2010: Odyssey Two 『2010年宇宙の旅』 (1982年)
2061: Odyssey Three 『2061年宇宙の旅』(1987年)
3001: The Final Odyssey 『3001年終局への旅』(1997年)

の 4作品があります。

ということで、久しぶりにクラーク氏の宇宙の旅シリーズをここ数日、読み直していました。

レンブラント光線

そんなある日、早朝の東の空を見上げれば、雲の切れ間から上空に向う薄明光線、別名「レンブラント光線」。

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そして西の空には、虹。

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こんなこともあるのですね。

映画『2001年宇宙の旅』

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欧州宇宙機関(ESA)の彗星探査機「ロゼッタ」(Rosetta)が8月6日、10年5カ月の旅を経てチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星に到着、ランデブーに成功した。今後、彗星を周回しながら探査を続け、11月には着陸機を投下する計画。成功すれば人類初の彗星へのランディングとなる。

ヨーロッパでは着陸機「フィラエ」による人類初の彗星へのランディングというイベントに、宇宙への関心が高まっているようです。

イギリスでは「イギリス映画協会」が2014年10月から12月にかけて「Sci-Fi: Days of Fear and Wonder」というSF映画を特集したイベントを開催中で、その一環としてデジタルリマスター版「2001年宇宙の旅」の上映が決定し、上映に併せて同映画の40年ぶりとなる新予告編が公開されました。


Stanley Kubrick’s 2001: A Space Odyssey Trailer – In cinemas 28 Nov | BFI release

小説版『2001年宇宙の旅』

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『2001年宇宙の旅』については、すでに多くのことが語られていますので詳しくは書きません。

ただ今は、スタンリー・キューブリック監督とアーサー・C・クラーク氏の『2001年宇宙の旅』は、タイトルは同じでも別物と考えています。

(日本での小説版の題名は当初『宇宙のオデッセイ2001』でした。)

映画版は極端に少ないセリフと連続性に欠けた映像展開で心に問い、小説版は文字で綴られた文章で頭に理解させる。

そして、「モノリス」の向こうにいる生命体に関して両者は同じ想いで表現しようとしていたのかもいまだ疑問です。

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実際のところは、クラーク氏側から見たもうひとつの『2001年宇宙の旅』といえる『失われた宇宙の旅2001年』を読むと理解できることも多くあります。

キューブリック監督とクラーク氏の共同作業で小説がまず書かれ、シナリオがそれを元に作られていたのですが、終わり頃には小説とシナリオの執筆が同時進行、しかも小説の初稿段階でそれを元にして撮ったラッシュで最終稿を手直しをするという現在でも珍しい手法で制作された映画ということ。

作家と映画監督という異質の才能の間で面白いアイデアのやりとりがかなり行われていたことがわかります。

この過程さえ異色で、この映画には既存の小説を元に脚色されるものとは異なる、天才とも言える才気に溢れた人間同士の生きたコラボレーションの味わいがあります。

しかし、すでに書かれた続編を映画化する監督達にはその手法は願っても叶えられることはありません。

つまり、このシリーズの映画化の難しいところは、クラーク氏の原作を元にするだけではなく、少なくとも対等かあるいはそれを超える思考とイマジネーションを持った脚本、映像、音楽を求められるということです。

TVシリーズですので、予算との兼ね合いでチープな作品になってしまうかもと心配ですが、リドリー・スコット監督ならこの辺のところをうまくやってくれるかもしれないと淡い期待をしています。

NeXTcube(ネクスト・キューブ)

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今回『失われた宇宙の旅2001年』を改めて読み直していて、面白いことに気がつきました。

モノリスは、はじめ黒い正四面体、さまざまな哲学的・科学的な思索を生み出したいちばん単純かつ基本的な立法図形だったそうです。

この一節を読んだとき真っ先に浮かんだ映像は、ジョブズの四角い黒いコンピュータ。そう、オリジナルの World Wide Web と httpd が開発されて有名な「NeXTcube」です。

現在のネット文化の隆盛を考えれば、それはインターネットにおける「モノリス」的存在だったと言えるかもしれません。

そしてジョブズも若い頃に、この本を読んでいたのかもしれないかもということも。

映画『2010年』

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エウロパの新しい世界の夜明けを感じさせるこのシーンが好きでした。

キューブリック監督の『2001年宇宙の旅』の続編にあたるピーター・ハイアムズ監督の『2010年』(1984年)は、やはり映像表現において前作には及ぶことができなかったと思っています。

いろいろな理由があると思いますが、『2001年宇宙の旅』 制作当時と比べ、思想の多様化や知識や情報の入手が容易になっており、また CG エフェクト技術の進化による安易な映像表現が多く露出され、既視感に溢れかえっている時代になっていました。


Reach For The Stars – Interstellar Space Exploration Movie Mashup (2014) HD

それに『2001年宇宙の旅』の映像から受けた衝撃から20年近く過ぎており、その解釈に対する理解が進み、暗喩の神秘性が薄れたこともあります。

小説版『2010年宇宙の旅』

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投資したものより多く回収し、儲けることがハリウッドの映画会社の存在意義ですから、その意向というものを無視できません。

そこで映画『2001年宇宙の旅』で批判された人間的な興味の欠如を逆手に、「有名俳優をキャスティングすることで人物的厚みを増し、登場人物達のセリフを多くして、その心情や状況を伝えることで前作とは違う人間ドラマ」という安易な発想になったのでしょう。

クラーク氏も上手く描いているとはいえませんが、人間ドラマや心理描写も好きなようです。その原作に対して映像描写で対等に向かえない監督の力量不足が現れてしまっているのが残念です。

キューブリック監督が『2010年』のプロジェクトに関心を持てなかったのも無理はありません。

小説『2061年宇宙の旅』

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今回の映像化は、小説『2061年宇宙の旅』をスキップして 4作目となる『3001年終局への旅』ということです。

しかし『2061年宇宙の旅』にはたった 2ページほどの第九部「3001年」があり、真夜中の広場ルシファーが消え始めるとともに夜が現れ、夜空の星々が戻ってきたと記されています。

つまり、この『2061年宇宙の旅』は独立した小説というよりは『3001年終局への旅』への長編の序章のような気がします。

その意味で『3001年終局への旅』の冒頭部分で『2061年宇宙の旅』のエピソードを挿入すれば、話はスムーズに展開するのではないかと思います。

小説『3001年終局への旅』

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アイデアの既視感

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1997年に発表された『3001年終局への旅(3001: The Final Odyssey)』は超低温仮死状態から蘇ったフランク・プールの1000年後の物語なのですが、同じ年に公開された映画に『エイリアン4(Resurrection)』があります。

そこでは、リプリーが溶鉱炉に飛び込んでから200年後の2470年、残されていた血液から科学者らの手によりクローンとして再生されます。

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このエイリアン4の年は「エイリアン/プレデターシリーズの年表」を参考にしました。しかし面白い年表があるものですね。マニアの情熱、恐るべし。

エイリアン/プレデターシリーズの年表

3001年の「超低温仮死状態からの蘇生」、2470年の「クローン再生」と年代と手法は違いますが、どちらも一度死んだはずの人間が続編で生き返り、物語が続きます。

どちらが先という問題ではないのですが、科学的な死からの再生アイデアとしてはよく似ていますし、それらの知識はすでに持っていましたので、やっぱり使ってきたかという感想でした。

この時点で、クラーク氏の発想の元となる情報を人々も同時に手に入れて理解できる人が増え、物事についての多様な発想や解釈も受け入れられる、時代が変わったように感じたものです。

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そして「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」でも、主人公のシンジが14年後の地球で目を覚まします。

そして現在

それから30年余を経た現在、通信技術の高度化も伴なって、その状況はさらに進んでいます。

人々はその技術を SNS などで人の噂話をするのに利用して嬉々としています。若い人の間には同時に空虚な既知感による全能感が増幅して、現実に対する認識を曇らせています。

月にある「モノリス」も人類の予定外な進化にあきれて、作動することさえ諦めているのかもしれません。

彗星探査機「ロゼッタ」

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地球でスイングバイを行なう『Rosetta』探査機が捉えた地球の青い弧

しかし、宇宙への探索は着実に進み、本物の宇宙というものを伝えてくれます。

最近では11月12日、彗星探査機「ロゼッタ」の着陸船「フィラエ」が火星と木星の間にある「 チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星」に着陸しました。

ところが上手く自身を固定できずに、彗星上をひょこひょこ移動してひっくり返って倒れたそうです。彗星への長旅で船酔いでもしたのでしょうか。

やはり幾つになってもこのような話題にはワクワクさせられます。

幻の『宇宙のランデヴー』

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アーサー・C・クラーク氏のもうひとつの名作にラーマシリーズがあります。

『宇宙のランデヴー』 Rendezvous with Rama (1973年)
『宇宙のランデヴー 2』 Rama II (1989年、ジェントリー・リーと共著)
『宇宙のランデヴー 3』 The Garden of Rama (1991年、ジェントリー・リーと共著) 415011160X
『宇宙のランデヴー 4』 Rama Revealed (1993年、ジェントリー・リーと共著

の 4作品。

クラークの『宇宙のランデブー』(1972) は何年も前に映画化権が購入されていますが、残念ながら未だ製作が進行していません。

このもうひとつの壮大なスペースオペラの映像化は一体いつになるのでしょう。

本日の一曲

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ああ時の河を渡る船に
オールはない 流されてく
横たわった髪に胸に
降りつもるわ 星の破片

星空をロマンテックに眺めたのは、一体いつの頃だったのか。すっかり忘れてしまうほど、ずっと昔のこととなりました。
 

逢いたきひとのあれども
逢いたき人は四十路(よそじ)すぎ
わがそのかみ知るひとはみな四十路すぎ
四十路すぎては何のをとめぞ
をとめの日のありしさえ
さだかにあはれ
信じがたきに

[四十路] 室生犀星より


薬師丸ひろ子 Woman”Wの悲劇”より (2013年10月)

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