中国古典の記憶4_宣太后

「ぶり はまち、元はいなだの出世魚」

 

江戸時代までは武士や学者には元服および出世などに際し改名する慣習があった。その慣習になぞらえ「成長に伴って出世するように名称が変わる魚」を出世魚と呼ぶ。

Wikipedia

前回、中国歴史ドラマ『大秦帝国 縦横 =強国への道=』で一番好きなエピソードとして張儀と羋丫頭との出会いをご紹介しました。

(張儀と羋丫頭との出会いは 31:23 頃から)

このあと羋丫頭は、まるで出世魚のように芈八子から宣太后へと宮廷での出世に伴って名も変わっていきます。

その秦宮殿に入るきっかけとなる張儀との出会いのエピソードなのですが、もうひとつ「羋丫頭」という名にも興味を惹かれたました。

ところがこの「羋丫頭」という文字、読めなかったのです。(~_~;)

 


「芈」「丫」あなたは読めますか?

芋?英字のY ? でもちょっと違うような。今まで出会ったことのないこの漢字に、その意味や発音も分からずビックリしました。

発音

ドラマの紹介では「ビアトウ」とカタカナ表記されています。

発音を聞くことのできる繁体字の日本語ピンイン変換サイトでは、

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羋 聞こえる発音:ミィイ
丫 聞こえる発音:ィア
頭 聞こえる発音:トォゥ

並べると「ミィイィアトォゥ」つまり「ミーアトゥ」になるのですが、ただ「羋」の姓としての音読みには他にバ、マ、ビ、ミ、メなどがあるそうで、ビアトウとも音読みできるようです。

ところがドラマ『芈月伝(The Legend of Miyue)』では芈月のカタカナ表記はミーユエとなっています。はたして芈八頭の「羋」の音読みは一体どちらなのでしょうか。

月 聞こえる発音:ュエ

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月をユエと呼ぶのはこのシリーズで知っていました。

ちなみに、芈八子のピンイン変換サイトで調べた発音は「ミィバーズー」

 


意味

羋 意味:羊の鳴き声
丫 意味:端が枝分かれした物/女の子、少女
頭 意味:頭/髪

羊と芈と哶

羊の正面形に印を付け足した字。羊字に鳴き声を表す印を加えた字とする。牟は牛が鳴くという字で同様に牛字に鳴く印を加えた字としている。 羊が鳴く意味の字に哶がある。

つまり、羊がメ〜(羋)と啼(哶)く。

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丫頭

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おさげ髪の少女と言う意味。また、両親が娘に対する愛称。

 

古代中国の若い未婚の女性の髪型
古代中国では、若い女性は髪を垂らす簡素なスタイルで未婚を示していた。15歳の誕生日まで三つ編みにし、髪結い式である笄礼(けいれい)と呼ばれる成人式を迎える。式では洗髪し、二つ編みに寄り合わせ、笄(こうがい)と呼ばれる髪留めで抑える。式を終えた女性は結婚できる成人とみなされる。

古代人の生活へタイムスリップ_神韻芸術団

つまり、羋丫頭という名は「芈」さんちの女の子という程度の意味なのでした。

 


姓としての「芈」について

「芈」という文字の本来の意味は羊の鳴き声のことで、春秋期および戦国時代の女性の一般な称呼でしたが、秦以前の時代には、姓と氏を持つのは貴族階層に限られていました。

 

姓と氏の役割

古代中国では姓と氏は明確に区別されていて、姓は母系社会に由来し、姓が同じであれば、同じ母系の血縁関係にあることを表していました。このため、姒(夏王)、姫(周王)、嬴(秦王)、姜(韓王)、姚など古くからある姓は部首に「女」を含んでいます。

そして「姓」の役割は、近親の通婚を防ぐことにありました。

同じ姓の諸侯国と結婚することはできないので、姬姓の鲁と姜姓の斉は結婚し、斉の女性は荘公のように姬姓の鄭と、秦の女性は晋生まれの男性に嫁いでいます。

対して「氏」の役割は、貴賤、世代、年齢など特定の社会的地位を区別するものでした。

 

羋姓は楚人(そひと)

「芈」という姓の由来は古代の火の神で、周の成王から子爵に封じられて楚を設立した熊繹は羋姓でしたので、楚の王は羋姓熊氏です。

『大秦帝国 縦横 =強国への道=』にも登場する有名な楚の屈原も羋姓でしたが氏が異なりました。秦以前の時代の男性は姓を呼称しませんでしたので、屈原と呼ばれます。さらに時代を下り秦の末期に「西楚の霸王」と号した項羽も同じく羋姓でした。

姓は三世代後には氏となります。「芈」の姓から派生した氏には、白氏、景氏、葉氏、伍氏、項氏、查氏など多くの人に馴染みのあるものがあります。

 


羋丫頭 → 芈八子 → 宣太后

『大秦帝国 縦横』では羋丫頭が恵文王の後宮に入り、芈八子となり『昭王~大秦帝国の夜明け~』で子の昭襄王が立つと宣太后となります。

そして物語は羋丫頭が後宮に入って芈八子となり、第3部の宣太后としての物語へと続きます。前後して大ヒットしたドラマ『芈月伝(The Legend of Miyue)』もこの羋丫頭の物語。

《大秦帝国之崛起》人物特辑 看宣太后种狼心成王者(张博|宁静|邢佳栋)


八子

「八子」とは秦の後宮の位階(皇后、夫人、美人、良人、八子、七子、長使、少使)のひとつ。「太后」は先代の皇帝の皇后であった者の称号です。

この芈八子こと宣太后、最近人気なのか毎年のようにドラマに登場しています。

1999年『屈原』 馬鞦萍
2011年『傳奇』 趙芮
2013年『大秦帝国 縱橫』寧靜
2014年『大秦帝国 崛起』寧靜
2015年『羋月傳』孫儷
2016年『思美人』黄曉婉

 

その『大秦帝国 縱橫』で羋丫頭、『大秦帝国 崛起』で宣太后を演じたのが、寧静(ニン・チン)

 


寧静(ニン・チン)

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寧静(ニン・チン)

中国ドラマに登場する中国人女優達の中でも少し毛色の違う個性を感じて、こちらも気になった女優さん。

生年月日:1972年4月27日
出身地:貴州省貴陽市
出身校:上海戯劇学院

 

ナシ族の血を引く。彼女はアニメーターを目指して貴州芸術専科学院へ入学。その後はアニメ制作会社に勤めた後、上海戯劇学院のモデル科に入学。CMやTVドラマで活躍した後、93年にヒロインを務めた『哀戀花火』や『太陽の少年』で注目される。その後、96年には『上海グランド』でレスリー・チャンらと共演。また、05年に出演した香港映画『ディバージェンス-運命の交差点-』では、美しいスキンヘッド姿を披露している。

そうか、ニン・チンのあの独特な雰囲気はナシ族の血を引いているからかも。

 


ということで、少々話題はドラマから逸れて、


ナシ(納西)族


Old Town of Lijiang, Yunnan, China in 4K(Ultra HD)麗江古城

ニン・チンの出身地の貴州省は少数民族が比較的多い地域なのですが、最大の少数民族はミャオ族でナシ族は少なさそうです。しかし、隣の世界遺産に登録された麗江古城のある雲南省にはナシ族が多く住んでいます

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ところで、この麗江古城の風景、日本のどこかで見たような気がするので調べてみました。すると麗江市は岐阜県の高山市と友好提携していました。そういえば確かに高山と風情が似ています。


Beautiful and Traditional Street: Takayama, Japan

ナシ族といえば、トンパ文字。

ナシ族といえば、20年ほど前に話題となった古代中国の象形文字「トンパ文字(東巴文)」ですね。でも現在ではナシ族でもトンパ文字を使いこなせる人は少ないそうです。

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そして北斗七星。

クロスした白い肩ベルトの背当てが印象的なナシ族の女性の民族衣装。

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羊の毛皮で作った背当てからなっています。ye’eel(ヤグ、もしくはヨグ)と呼ばれるこの背当てには、7つの丸い刺繍の飾りがつけられており、北斗七星を表していると言われます。

ナシ族の衣食住_駿河台出版社

 

【身边人】纳西族婚礼:分不开的爱

 


閑話休題(この意味分かりますか?)


宣太后

『ミーユエ 王朝を照らす月』 がヒットしたからでしょうか、最近になって Wikipedia に宣太后のページがやっと加わりました。

 

宣太后(せんたいごう、? – 紀元前265年)は、中国戦国時代末期の楚の女公子で秦の王太后。本名と両親は不明。姓は羋、別号を羋八子。恵文王の側室で昭襄王・涇陽君(公子巿)・高陵君(公子悝)の生母で義渠の戎王との間にも二子を成したと言われる。始皇帝嬴政の高祖母に当たる。 昭襄王の治世において権勢を奮った相国の魏冄は異父同母弟で、左丞相の華陽君(羋戎)は弟である。昭襄王の治世前期に権勢を振るった宣太后・魏冄・羋戎を指して三貴とも称される。

Wikipedia

以前は、こちらを参考にしていました。

 

宣太后(?~前265)羋氏。秦の恵文王(駟)の妃。楚の人。恵文王の宮に入り、八子となった。昭襄王(稷)・涇陽君(悝)・高陵君(顕)を産んだ。昭襄王が立つと、太后の異父弟の魏冉を相とし、同父弟の羋戎を華陽君に封じた。太后が若年の昭襄王に代わって秦の朝政を決裁した。前266年、范雎が昭襄王に進言して、太后は廃され、魏冉は相国の任を解かれ、華陽君・涇陽君・高陵君も領地に帰された。翌年、憂憤のうちに亡くなった。

枕流亭_中国史人物事典

芈月伝

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『ミーユエ 王朝を照らす月』 2015年(全81話)


芈月传 01 | The Legend of Mi Yue

宣太后の本名と両親は不明なのですが、『ミーユエ 王朝を照らす月』では、

 

中国の戦国時代、楚の国の夜空に「覇星」が現れ、間もなく生まれる子が国を制するという予言が国王のもとに届けられる。ところが、生まれたのは男児ではなく女児だった。国王を父に侍妾・向氏を母に持ち、ユエ(月)と名づけられた女の子はすくすくと育つ。

と国王を父に侍妾の向氏が母ということになっています。

実際には母親の向氏と姉の羋茵(ビイン)は架空キャラ。羋姝(ビシュ)は確かに楚の出身ですが魏姓の恵文后(本名と両親は不明)をモデルとしているようなので、史実的には何が何だかわからなくなります。

この点、『大秦帝国』シリーズの方のあらすじはだいたい史実に沿っているようです。

どうやら『大秦帝国』シリーズは「歴史」+「宮廷」、『ミーユエ 王朝を照らす月』は「宮廷」+「古装」物の創作時代劇と考えて楽しんだ方が良さそうです。

 


それから90年後。


悪女達の真実_趙姬

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漫画「キングダム」で人気のキャラの趙姬は、ひ孫の荘襄王(始皇帝の父)の妻ということになります。


[NHK紀錄片] 中國王朝惡女1~ 日本觀點看趙姬

恵文王 前338~前311 / 武王 前311~前307 / 昭襄王 前306~前251 / 孝文王 前250 / 荘襄王 前249~前247 / 秦王政 前246~前221 / 始皇帝 前221~前210 / 二世皇帝 前209~前207 王 子嬰 前207

中国の歴史には権謀術策を駆使して権力の頂点に立った女性達がしばしば登場しますが、有名な中国三大悪女は漢代の呂雉(呂太后)、唐代の武則天(則天武后)、清代の西太后。

 


本日の一曲


Dali Old Town, Yunnan, China in 4K (Ultra HD)大理古城

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