中国古典の記憶2_思い起こせば。

思い起こせば、幼い頃から中国の古典・文化には断片的に触れていました。

1960年代

アニメ映画

『白蛇伝』(1958年)東映動画


白蛇伝 予告篇

残存する『白蛇伝』に関係する最古の物語と考えられているものは、中唐の谷神子(こくしんし、鄭還古)撰の『李黄』(唐代伝奇集『博異志』、後に『太平広記』に収録)である。

『西遊記』(1960年)東映動画


西遊記 予告篇

『大唐西域記』とは、唐僧玄奘が記した当時の見聞録・地誌。これが後に伝奇小説『西遊記』の基ともなった。玄奘は、唐代の中国の訳経僧。

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桃園威天宮

『西遊記』のシーンなかでも「釈迦の掌の上の悟空」はよほど印象深かったのでしょう。ずっと覚えていて、才のある人の素晴らしい仕事ぶりを目にしたときになどによく思い出しました。

如来曰く、「大きなことを言うものではない。十万八千里はおろかわが掌に上って、さて、その外へ飛出すことすらできまいに。」「何を!」と腹を立てた悟空は、いきなり如来の掌の上に跳おどり上がった。「俺おれは通力によって八十万里を飛行するのに、なんじの掌の外に飛出せまいとは何事だ!」言いも終わらず觔斗雲に打乗ってたちまち二、三十万里も来たかと思われるころ、赤く大いなる五本の柱を見た。渠かれはこの柱のもとに立寄り、真中の一本に、斉天大聖到此一遊と墨くろぐろと書きしるした。さてふたたび雲に乗って如来の掌に飛帰り、得々として言った。「掌どころか、すでに三十万里の遠くに飛行して、柱にしるしを留とどめてきたぞ!」「愚かな山猿よ!」と如来は笑った。「汝の通力がそもそも何事を成しうるというのか? 汝は先刻からわが掌の内を往返したにすぎぬではないか。嘘と思わば、この指を見るがよい。」悟空が異しんで、よくよく見れば、如来の右手の中指に、まだ墨痕も新しく、斉天大聖到此一遊と己の筆跡で書き付けてある。「これは?」と驚いて振仰ぐ如来の顔から、今までの微笑が消えた。急に厳粛に変わった如来の目が悟空をキッと見据えたまま、たちまち天をも隠すかと思われるほどの大きさに拡がって、悟空の上にのしかかってきた。悟空は総身の血が凍るような怖ろしさを覚え、慌てて掌の外へ跳とび出そうとしたとたんに、如来が手を翻ひるがえして彼を取抑え、そのまま五指を化して五行山ごぎょうざんとし、悟空をその山の下に押込め、唵嘛呢叭咪吽の六字を金書して山頂に貼りたもうた。

悟浄歎異―沙門悟浄の手記―中島敦

Amozon プライムビデオで観ることができますが、今見てみると当時のアニメは動きがほんとうに優雅でゆったりとしています。その悠長さが心地よかった人々の時代でした。

少年少女世界の名作文学/小学館 全50巻(1964~1968年)

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中国の文学の出会いは小学5年生の頃。名作文学全集の東洋編から。

少年少女世界の名作文学42:東洋編1(1967年)三国志 / 羅貫中原作 ルバイヤート / オマル・ハイヤーム原作 大勇士ルスタム物語 / フェルドゥーセィー原作 韓国短編集 ジャータカ物語 シャクンタラー / カーリダーサ原作

少年少女世界の名作文学43:東洋編2(1967年)水滸傳 故事成語・笑話集 中国現代短編集 神仙譚 中国詩選 剪燈新話 / 瞿佑原作 聊斎志異 / 蒲松齢原作

少年少女世界の名作文学44:東洋編3(1965年)西遊記 / 呉承恩原作 古典短編集 宝のひょうたん / 張天翼原作 現代短編集

水木しげる作品と少年時代_1965年

TVアニメ

『悟空の大冒険』(1967年)


悟空の大冒険「悟空が好き好き」 ED


1970年代

歴 史

中国が世界に向かって門戸を開き始めた頃。秘密のベールに覆われていた中国が姿を現し始めます。

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Wikipedia

ピンポン外交
1971年、名古屋で行われた世界卓球選手権をきっかけに始まった一連の米中外交。

ニクソン訪中宣言(ニクソン・ショック)
1971年、アメリカ合衆国のリチャード・ニクソン大統領の電撃発表。

日中国交正常化
1972年、日中共同声明を発表して、日本と中華人民共和国との国交が回復。

文化大革命終結宣言
1977年、1966年から始まった毛沢東主導による革命運動の終結宣言。

日中平和友好条約
1978年、北京で日本国と中華人民共和国との間で締結。

吉川英治の『三国志』

日本人にとっては一番身近なのが吉川版『三国志』。高校の図書館にあった本を片端から読破していた頃で、そのなかには吉川英治全集(全56巻)もあり、たぶんここで初めて『三国志』を全巻通読していると思います。

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講談社版全集(旧版)1970年

基本的には歴史小説の『三国志演義』に従いつつ、人物描写は日本人向けにさらにアレンジして、『私本太平記』で戦前はタブーであった足利尊氏のその人物像に新たな解釈を加えて主役として日本の南北朝時代を描いたのと同じく、それまで悪役だった曹操の人間的な魅力を描きだすことで劉備に劣らない魅力を与えています。(この影響で中国に較べて日本には曹操ファンが多い。)

Wikipedia

そして綺堂作品との出会い

キャッチフレーズ

士族の家に生まれた綺堂が、幼少のころに住んでいた旗本屋敷は、有名な幽霊屋敷だった。この世に怨みをもって出る日本の幽霊とは異なり、中国の幽霊は一見なんの縁もないところにあらわれる。そこが怖い。

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旺文社文庫版『中国怪奇小説集』1978年

もともと幼い頃から水木しげる先生の作品に薫陶(くんとう)を受けて育ったため、長じても怪奇ものへの興味は尽きず、岡本綺堂先生の著書では『半七捕物帳』が代表作とも知ることもなく手に入れたのが、旺文社文庫版『中国怪奇小説集』(1935年)でした。

この一巻は六朝・唐・五代・宋・金・元・明・清の小説筆記の類から二百二十種の怪奇談を抄出した。敢あえて多しというではないが、これに因よって支那しなのいわゆる「志怪の書」の大略は察知し得られると思う。

支那には狐、鬼、神仙の談が多い。しかも神仙談は我が国民性に適しないと見えて、比較的に多く輸入されていない。したがって、この集にも神仙談は多く採らなかった。
さらに一言申し添えて置きたいと存じますのは、それらの〈志怪の書〉が遠い昔から我が国に輸入されまして、わが文学や伝説にいかなる影響をあたえたかということでございます。かの『今昔物語』を始めとして、室町時代、徳川時代の小説類、ほとんどみな支那小説の影響を蒙こうむっていない物はないと言ってもよろしいくらいで、わたくしが一々いちいち説明いたしませんでも、これはなんの翻案であるか、これはなんの剽窃であるかということは、少しく支那小説を研究なされた方々には一目いちもく瞭然であろうと考えられます。甚だしきは、在の人物の逸事として伝えられていることが、実は支那小説の翻案であったというような事も、往々に発見されるのでございます。

開会の辞

系 譜

中国の古典文学の系譜

『荘子』では、つまらぬ説、些末な議論といったものを「小説」と呼び、後漢の班固は『漢書』の「芸文志」で諸子百家の分類で思想的でない「街談巷語、道聴途説」(噂話や立ち話程度)の著作者を「小説家」とした。この後裔として六朝時代に志人小説を小説と呼び、唐宋時代に志怪のことを志怪小説と呼ぶようになった。

Wikipedia

志怪小説
主に六朝時代(222年~589年)の中国で書かれた奇怪な話のことで、同時期の志人小説とともに後の小説の原型となり、作風は唐代の伝奇小説に引き継がれた。

伝奇小説
主に中国の六朝時代の志怪小説より発展して成立した唐 – 宋代(618年~1279年)に書かれた短編小説。

そして一般的に日本人が馴染んでいる中国の有名な物語が多いのが白話小説。

白話小説
中国の宋 – 明代(960年~1644年)において、話し言葉に近い口語体で書かれた文学作品。

三国志演義(明代)/西遊記(明代)/水滸伝(明代)/金瓶梅(明代)/紅楼夢(清代)

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明清代には数多くの白話による作品が作られ、日本の曲亭馬琴、上田秋成らにも大きな影響を与えています。上田秋成の『雨月物語』は平安時代の物語とずっと思っていましたが、実は江戸時代後期に著わされた白話小説を翻案した読本でした。

映 画

香港カンフー映画ブーム


Carl Douglas – Kung Fu Fighting(1974年) – Live dans Les Ann Ann Années

「グリーン・ホーネット」のカトー役だったブルース・リー。『燃えよドラゴン』(日本公開1975年)でブルース・リーのブームが起きたときには、すでにリーは亡くなっていました(1973年)。

リーの死後、ブルースの後継者として期待されのがジャッキー・チェン。

『ドランクモンキー 酔拳』(1979年)香港映画。
『スネーキーモンキー 蛇拳』(1979年)香港映画。

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清朝末期の設定です。

赤鼻のソウ

『酔拳』ではブルース・リーの作品でスタントを演じていたジャッキー・チェンもさる事ながら、ユエン・シャオティエン(袁小田)演じるクンフーの名手「赤鼻のソウ」こと蘇化子も大好きでした。

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京劇

この映画で気がついたのが、シリアスなブルース・リー作品と比較してコミカルなのですが、その格闘シーンにある種の様式美を感じたことです。

それもそのはず、60年代に主に貧困家庭の子供たちを全寮制で引き取って京劇役者に育てる中国戯劇学院に幼き日のジャッキー・チェンやサモ・ハン、ユン・ピョウらが在籍していたのです。(彼らのその少年時代は1988年に『七小福』として映画化されています。)

そして「赤鼻のソウ」役のシャオティエンも1912年に北京の北派少林拳を踏襲する京劇役者の家柄に生まれ、幼少より京劇と壇長北派の武術を学んでいます。

つまり、映画のなかに京劇的要素が見え隠れしていたのでしょう。

その京劇では、三国志演義/西遊記/水滸伝/楊家将/隋唐演義/岳飛伝からの有名な逸話や鴻門宴/覇王別姫/白蛇伝/文昭関などが日本でも有名な故事が演じられています。

TVドラマ

『西遊記』(1978年)日本のテレビドラマ

ずいぶんヒットしたようですが、ゴダイゴのテーマ曲も含めてこのドラマの面白さはよく分かりませんでした。話題となった女性の三蔵法師というアイデアも、すでに東映動画の『西遊記』(1958年)の三蔵法師も夏目雅子似でしたので、この辺りからの発想だったのかもしれません。

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1980年代

TVドキュメンタリー

シルクロード

シルクロードにかって繁栄した交易都市、砂上に浮かぶオアシス、莫高窟のある仏教の聖地。多くの日本人に「敦煌」「楼蘭」という名を記憶に刻んだのが、井上靖の小説『敦煌』『楼蘭』(1959年)でした。

ただ当時、古代中国西域の歴史や文化の関する情報は少なく、その謎に包まれた不思議なシルクロードの地に多くの日本人が悠久の憧憬を抱いていました。

そんな小説『敦煌』から20年後、1980年にNHKで『日中共同制作シルクロード 絲綢之路』が放送されました。そしてこれを契機に1980年代以降の「シルクロードブーム」に火が付きます。


『NHK特集 シルクロード』(1980年)

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長安(ちょうあん)
中国の古都。漢代に長安と命名され、前漢、北周、隋などの首都であった。

紀元前350年、秦は都を雍から、咸陽に移した。秦滅亡後漢朝を建てた劉邦は、咸陽の郊外に新たな都城を建設、長安と命名、蕭何が宮殿を造り、恵帝の時代には城壁が建築されている。

莫高窟(ばっこうくつ)
五胡十六国時代に敦煌が前秦の支配下にあった時期の355年あるいは366年とされる。

楼蘭(ろうらん)
楼蘭は少なくとも紀元前176年以前に形成され、月氏の勢力圏にあったこと。そして紀元前176年頃匈奴の支配下に入ったことが推定されうる。

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吉川版『三国志』を講談社文庫版(1980年)で10年ぶりに再び通読

TV人形劇

『人形劇 三国志』1982年

NHKでテレビ放送された人形劇。川本喜八郎の人形に魅力されて、子供向け番組にかかわらず機会があれば見入っていました。(それはまるで昔の中国人が京劇を愛した頃のように。)


人形劇 三国志 名場面「桃園の誓い」

映 画

そして再び香港映画

『少林寺』(1982年)香港映画。
『霊幻道士』(1985年)香港映画。
『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』(1987年)香港映画。


霊幻道士1.2.3 の映画予告

80年代後半には、難しくてなかなか読むことのできなかった中国思想のマンガ版入門本が現われます。

マンガ 老荘の思想(1987年)
マンガ 孔子の思想
マンガ 孫子・韓非子の思想
マンガ 禅の思想
マンガ 菜根譚・世説新語の思想
マンガ 孟子・大学・中庸の思想
マンガ 李白・杜甫の思想
マンガ 史記・列子の思想

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TVドキュメンタリー

再びシルクロード

『NHK特集 シルクロード』は80年代後半に、海のシルクロード(1988年)シルクロード 壮大な旅50万キロ(1989年)という続編・総集編も放送され、敦煌莫高窟をテーマとした映画も製作されています。

映 画

『ラストエンペラー』(1987年)

清朝最後の皇帝で後に満州国皇帝となった愛新覚羅溥儀の生涯を描いた歴史映画。


The Last Emperor finale

2018年11月、ベルナルド・ ベルトルッチ監督死去。享年77歳。

『敦煌』(1988年)

多くの日本人に敦煌という名を記憶に刻んだ井上靖の小説『敦煌』(1959年)の映画化。


『敦煌』(1988年)日本・中国合作映画。


1990~2000年代

マンガ

『墨攻』1992年

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戦国時代の中国を舞台とした歴史小説(1991年)の漫画版が「ビッグコミック」(小学館)で1992年から1996年にかけて連載され、2006年には映画化。


墨攻 – 予告編(2006年)

『墨攻』で初めて春秋戦国時代の諸子百家に墨子がおり、率いる墨家が城の防御戦を請け負うという、孫子兵法とは異なる実践的な武装集団がいたことに驚きました。

諸子百家
中国の春秋戦国時代(紀元前770年~紀元前221年)に現れた学者・学派の総称。「諸子」は孔子、老子、荘子、墨子、孟子、荀子などの人物を指す。「百家」は儒家、道家、墨家、名家、法家、「縦横家」などの学派。

『蒼天航路』1994年~2005年

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アニメ『蒼天航路』(2009年)

曹操を「最も人に興味を示した英雄」として主人公に据え、新しい解釈のもとで三国志の世界を描いた漫画、2009年にアニメ化。

映 画

『レッドクリフ PartI』(2008年)
『レッドクリフ Part II -未来への最終決戦-』(2009年)

CG での戦闘描写が大袈裟でイマイチな印象でしたが、金城武の諸葛亮は良かった。


レッドクリフ Part2(予告編5分)

『花の生涯』梅蘭芳(2009年)

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中国の京劇においても女形(男旦)が存在するが、現在ではその役を主に女優が行っている。

でも女優が女形を演じるほうが素直なような気が。

 

ガタは「方」つまり、能におけるシテ方、ワキ方などと同様、職掌、職責、職分の意を持つものであるから、原義からすれば「女方」との表記がふさわしい。歌舞伎では通常「おんながた」と読み、立女形(たておやま)、若女形(わかおやま)のような特殊な連語の場合にのみ「おやま」とする。


2010年代

映 画

『新少林寺 SHAOLIN』(2011年)


映画『新少林寺/SHAOLIN』予告編

侯杰の妻、顔夕役の范氷氷(ファン・ビンビン)は、2010年から2011年にかけてサントリーウーロン茶のCMでお馴染み。宮沢りえのポカリスエットのCMを彷彿とさせる好きなCMでした。


いいなCM サントリー ウーロン茶

中国のテレビドラマでは『武則天 -The Empress-』(2015年)美しい女帝を演じ、その成長ぶりを楽しんでいたのですが、

 

ファン・ビンビンの行方不明事件
2018年9月中旬に脱税疑惑が発覚して以降、范が長期間に渡って消息不明になっていると報じられた。その後、追徴課税や罰金などで合計8億8000万元(約146億円)の支払いを命じられ新浪微博を更新して謝罪。10月15日、北京首都国際空港にて約4ヶ月ぶりに公の場に姿を現した。

いったい何が起きたのだろうと気になっていたのですが、この結末に驚きました。

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ここにも「釈迦の掌の上」がありました。

『三国志英傑伝 関羽』(2011年)


映画『三国志英傑伝 関羽』予告編

関羽の活躍もさることながら、関羽と綺蘭との微妙な感情の駆け引きが印象に残りました。関羽とともに主君の元へと向かう女性、綺蘭役の孫儷(スン・リー)は『ミーユエ 王朝を照らす月』(2015年)で羋月傳役を演じています。

TVアニメ

アニメ『キングダム』(2012年)

原作の『キングダム』(2006年~)は、原泰久による日本の漫画。第17回手塚治虫文化賞マンガ大賞受賞。

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中国の春秋戦国時代を舞台に、後の大将軍信と後の始皇帝政の活躍を中心に描かれます。

2012年にNHK BSプレミアムで第1シリーズ、続いて第2シリーズが放送されたのですが、当時は見ていません。タイトルからすると欧州の王侯物語のようで、絵柄から受ける印象がいかにも少年向きな感じだったため興味を引かなかったような記憶があります。

ところが最近、何を思ったのか Hulu で第1シリーズ、第2シリーズを一週間ほどかかって一気に見てしまったのです。

するとなんと秦の始皇帝の物語だったわけです。

ただ、舞台や脇役の名前、服装が日本っぽいなど自分の持つイメージとは違ったのですが、中国古代史の物語は『史記』の記述を史実としてさらに作家の想像やテイストが加えられるわけで、それらが好みに合うかかどうかの問題です。

当の中国では、『キングダム』は中国語で『王者天下』というタイトルで発売されていますが、『ワンピース』を超えるとも言われる日本での人気に比べてそれほど広まっていないそうです。

でも日本ではずいぶん人気なので、平成時代の吉川『三国志』的な位置付けなのでしょうか。


そして、現在は中国歴史ドラマがお気に入り。


本日の一曲

やはり中国映画のサウンドトラックではこの曲が最高。


【悟】主唱:劉德華《新少林寺》主題曲

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