石蕗の花(つわのはな)_高月院にて

手持ちの味噌がなくなったので味噌を買いに。

精霊の守り人 ~ナージの唄~(2007年)

それも近所のスーパーではなくて、自宅から高速道路を利用して30分の豊田市の山間部にある「高月院」というお寺へ。といっても味噌はそのお寺で販売しているわけではなくて、沿道にある店にあるのですが。


日陰は寒し 猫の鼻

11月の初旬、その沿道には以前までは萩が茂っていたところに、黄色い花が咲き誇っていました。

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高月院に至る250mの遊歩道沿いの「室町塀」や「冠木門」は、室町期の歴史景観を醸し出します。

蕗の葉から長く伸びて枝別れしたタンポポのような花。いままで見たことがありません。この不思議な姿をした花のことを知らず、教えてもらったのが「ツワブキ」という花名。

ツワブキ
日陰でもよく育ち、園芸植物として日本庭園の石組みや木の根元などに好まれる。

石蕗の花(つわのはな)
日本では初冬(立冬〔11月8日ごろ〕から大雪の前日〔12月7日〕ごろまで)の季語

調べている途中に酒井抱一の句と出会いました。

「石蕗の 日陰は寒し 猫の鼻」

声に出して読んでみるのですが、う~ん?。「猫の鼻」のところがどうしてもわかりません。

そこで猫好きに聞いてみたところ、猫の鼻はいつも湿っていてヒンヤリしているということで、なるほど納得。機会があれば一度触ってみようかな。

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触れるものなら触ってみろ、フン。

そんな黄色い道しるべに導かれながら、緩やかな坂を登り続けます。

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やがて向こうの方に見えてきたのは「高月院」。6月の紫陽花の季節以来の、半年ぶりです。

ここはたおやかで優しい感じが何とも魅力なお寺さん。

いわゆる寺院という重厚なイメージはありませんので、初めて訪れる方は拍子抜けするかもしれません。しかし寂静に包まれた明るい風情が醸し出す簡素な清々しさが何とも言えず、散策するのにお気に入りところです。

とくに女性の方々にはその風情が心に染みることでしょう。

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高月院

1367年足助次郎重宗の子、重政(寛立上人)が松平郷主在原信重の援護を受けて「寂静寺」として建立したと言われています。1377年に親氏が本尊阿弥陀仏をはじめ、堂・塔のすべてを寄進してから「高月院」と改め、松平氏の菩提寺となっています。その後、徳川家康によって寺領100石が与えられ、明治維新まで時の将軍家から厚い保護を受けていました。山門や本堂は、1641年に徳川家光によって建てられたものと言われています。

ここは訪れるたびにいろいろな発見があるのですが、今回は「カエル」と「景色」。


御影石風カエル

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「この百度石、あの階段を登って本堂まで100回も往復するなんて大変。苦労した分ご利益もありそう。」と思いながら、よく見ると「百」の文字になんだか違和感が。

近づいてみると、

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それは石ころではなく御影石風カエル。

最初は誰かがいたずらに石ころを嵌め込んだと思っていたところ、「百」の字の「止め」「はね」にカエルが二匹、ぴったり嵌まっていたのでした。

こんな色のカエルは初めて見たのですが、どうやらこれもアマガエルのようです。アマガエルは普通背中側が黄緑色なのですが、黒っぽいまだら模様の灰褐色にも変えることができるそうで、保護色の一例としてよく知られているそうです。

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ニホンアマガエル_Wikipedia

石のカエルは自分の檀家寺にもいるのですが、本物の御影石風カエルは初めて。

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こちらは自分の檀家寺におわす御影石カエル。ガマガエルでしょうか。

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何やら風情を感じた苔の生えた切通し(きりどおし)の壁。

景色

石蕗の花が咲き誇る高月院からの帰り道、いつも味噌を買い求める「天下茶屋」へ。

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テーブルの向かい側に運ばれてきた名物「天下もちセット」の志野茶碗を眺めていて思い出したのが、さっきから気になっていた妙に味わいのある色合い。

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それは、高月院からの帰りにふと気がついた山門を包んでいた、風と雨が織り成した土壁の模様。


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志野焼_Wikipedia

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鼠志野_Wikipedia

人工然とした磁器のかたちの淡麗さ、ガラス工芸の繊細さには魅了されながら、なかなか陶器についてはその味わい方が分からず悔しかったのですが、今回ほんの少しですが「景色」と言い表されるものについて触れたような気がします。

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いつものように目的の味噌を手に入れた帰り、地元の朝採り野菜を販売しているふるさと市場を覗いて松平郷を後にしたのでした。


五臓六腑に染み渡る

寒い冬に野菜いっぱいの赤味噌の豚汁。五臓六腑に染み渡ります。

名古屋の食文化を語るうえで切っても切れない関係となっている味噌。名古屋だけでなく「味噌が好きですか?」という質問に対し、85.8%が「好き」と回答する愛知県人の味噌好きは有名。

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マルカ みやげ味噌

大豆と食塩だけを原料に、伝統的な技法で長期間熟成させてつくられる「愛知の豆味噌」。愛知の豆みそは八丁味噌のほか、三州味噌、名古屋味噌、赤味噌など様々な名称で呼ばれています。

豆味噌といっても全国に名の通った「八丁味噌」のほか、愛知県内だけでも多くの醸造所があってその味わいを競っています。

そんななか、昔から知多のカクトウ醸造の豆味噌が好みだったのですが、国産大豆の価格上昇にともなって日常使いには少々高価になったところに偶然見つけたのが、この丸加醸造場のみやげ味噌。これが現在のお気に入りとなっています。


しかし、三州味噌は濃すぎて、私はあまり好きではない。ある時、三州味噌をたくさん送ってもらったことがあった。どうしようかと処分に困り、納屋に放ったままにしておいた。五、六年たって、フトそれを思い出し、食べてみたら味が非常に軽くなっており、濃すぎるのが取れていた。私にしては大発見であった。

大量の味噌がまたたく間に平らげられてしまったのは、もちろんのことである。

三州仕立て小蕪汁 北大路魯山人_青空文庫

魯山人の残した文章は読むたびに味わいがあって美味しそう。


本日の一曲

久石譲 / 帰らざる日々(1992年)

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