追悼水木しげる_「ゲゲゲの人生展」

やっと名古屋で始まった「追悼水木しげる ゲゲゲの人生展」に行ってきました。


Barbara Streisand – The Way We Were(1973年)


早朝の電車にて

ある朝の地下鉄車内でふと目に入った広告。どうやら地元で「追悼水木しげる ゲゲゲの人生展」が始まるようです。

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初夏の土曜日

そこで、ゴールデンウイークと終了間際の混雑を避けた中日(なかび)の土曜日、東京での初開催から遅れること一年過ぎてやっと名古屋で始まった「追悼水木しげる ゲゲゲの人生展」に行ってみることに。

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最高気温が30度もあった前日から一気に7度も下回り、前日とは変わった涼しく過ごしやすくなった土曜日の午後の大津通り。

20年ぶりに伏見から松坂屋美術館に向かうこのルートは、松坂屋へ過去に業者として通っていた頃に利用していた裏口への道筋。そのクセでいまだに正面玄関から入るのはなんだか落ち着きません。

この経路はあまり知られていなかったはずですが、当時この通りの或る店舗で強盗殺人事件があったとき、警察が当時勤めていた会社まで訪ねてきたことがあり、いつもその店の前を通っていたことを知っていたのでびっくりしたこともあります。

(その店のあったところはすでに綺麗なビルに変わっていました。)


会 場

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予想通り会場は空いていて、原画をじっくりと鑑賞することができました。


ゲゲゲの人生展 東京会場風景

「追悼水木しげる ゲゲゲの人生展」みどころ

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唯一撮影が許可されていた居間を再現したセット。

感 慨

展示品されている様々な資料を見ながら、水木しげる先生の作品に出会った頃を思い出すと感慨深いものがあります。

リアルに『ゲゲゲの鬼太郎』『悪魔くん』『河童の三平』などを読み漁っていた当時、『週刊少年マガジン』の読者投票でも『鬼太郎』はずっと最下位だったので仕方がないのですが、水木しげるのファンはなんだか「変なヤツ」扱いをされていました。

ところが『ゲゲゲの鬼太郎』のアニメ版は1968年の第1シリーズ開始以来不定期的ながら放送は続き、50年目にあたる今年 4月には第6シリーズが始まっています。(ちなみにサザエさんは1969年の放送開始。)


【公式】ゲゲゲの鬼太郎(第5期) 第1話「妖怪の棲む街」

そして晩年期の「水木しげるブーム」の盛り上がり。

1993年「水木しげるロード」
2003年「水木しげる記念館」開館
2010年 NHK連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」
2013年「水木しげる漫画大全集」の刊行がスタート

とうとう米子鬼太郎空港や境線鬼太郎列車などインフラ施設にまで「鬼太郎」のネーミング。

このような状況は50年前には予想もできませんでしたが、時代の変化と共にやっと水木しげる先生の魅力を多くの人が分かる時代になったのかと。


再びの感動

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印刷せんか紙(特殊更紙)は、古紙から作られており新聞古紙を30~40%と、印刷工場や製本工場から出る裁落としを原料とするのが一般的で、「下級印刷用紙」に分類されます。このグレードの低い「下級印刷用紙」を使うとインクが抜けず、汚れや黒ずみが出てしまうために、あえて色を付けています。

この印刷用紙に印刷された漫画の印字品質はあまり上質とは言えず、その結果、原稿自体も粗っぽいものだと思っていました。

ところがこの「追悼水木しげる ゲゲゲの人生展」に展示されている生原稿を見てびっくりしました。

「すごい。」

実際には素晴らしく繊細なタッチの線で描かれているのです。自分もケント紙に墨汁で絵を描いていたこともあるのですが、あんな繊細な線を描くことはできません。

このデジタル時代に手書きの生原稿は、ますますその存在感は輝いて見えます。

 

人気漫画「愛と誠」生原稿、400万円で落札

1970年代の人気漫画「愛と誠」(梶原一騎原作、ながやす巧作画)のカラー生原稿がインターネットオークションに出品され、400万円で落札されていたことがわかった。

同作は73~76年に週刊少年マガジン(講談社)で連載。同誌編集部によると、生原稿15枚(カラー10枚、モノクロ5枚)が紛失しており、落札された原稿はそのうちの1枚とみられる。4月20日から出品されているのを知り、落札前にオークションを主催する古書店「まんだらけ」(東京都中野区)に出品取り下げを求めたが、5月6日に400万円で落札された。

同誌編集部は「ながやすさんは、原画の譲渡も売却も一切しておらず、もし発見した場合は購入せずに一報を」とサイトで呼びかけている。

まんだらけによると、原稿は同社が第三者から買い取ったものだという。「作家代理人にも問い合わせたが、今回の原稿が紛失したものかどうか特定できていない。法律にのっとって営業しており、問題になること自体に違和感がある」と反論している。

2018年05月13日 読売新聞

この展示会では「テレビくん」(『別冊少年マガジン』1965年8月5日号)とほぼ同時期の「墓場の鬼太郎 手」(『週刊少年マガジン』1965年8月1日号)についてはあまり語られていないのが残念でした。

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http://mizuki-ten.jp

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会場で販売されている図録を手に入れるとこの展示内容について詳しく解説されていますので、後からもう一度深く楽しめます。


丸 栄

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会場への道すがら6月末に閉店する創業400年の老舗百貨店「丸栄」も訪ねてきました。

 

名古屋市中区の栄地区にある老舗百貨店「丸栄」の親会社で医薬品製造の興和(本社・名古屋市)は18日、同百貨店を取り壊した跡地と、近くで所有するビル2棟を含めた一体を再開発する方針を明らかにした。2027年完成を目指す。百貨店を来年6月末に閉店することも正式発表した。

興和の山下孝治副社長が名古屋市内で記者会見した。百貨店は20年ごろまでに取り壊す。跡地では再開発計画がまとまるまでの5年程度、何らかの誘客施設を営むという。

再開発は、広小路通を挟んで百貨店の北側にある、名古屋国際ホテルの入る栄町ビルとニューサカエビルも含めて行う予定。

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’78当時の丸栄の婦人服担当のメンバーと一緒の北陸の旅にて。

すでに30年ほども過ぎてしまった若い頃にずいぶんお世話になったところ。時代の流れとはいえ感慨深いものがあります。

本当のところ「こんな姿は見たくなかった。」というのが本心。


本日の一曲


薬師丸ひろ子 – 時代(中島みゆき 1975年)

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