アニメの風景_『あたしンち』_帰り道と間取り

現在までに 7回引っ越しして、公団やマンションを渡り歩いた経験からタチバナ家のマンションの謎に挑戦してみました。

Isabelle Antena – Le Poisson des Mers du Sud(1987年)

『あたしンち』のマンションはどこに?

リアルみかんの頃(1980年代初頭)

「タチバナ家が暮らしている町は、私がむかし住んでいた、練馬区光が丘周辺のイメージです。西武池袋線と東武東上線にはさまれた場所だったので、どちらの駅に行くにもバスにのらなくてはいけなかった。」

あたしンち公式ファンブック

20170828_01.png

実際に作者が17歳を過ごしたのは一体どこなのでしょう。

20170312_01-2017-03-12-15-53.jpg

手掛かりは、作者の幼少の頃の写真の背景。

写っている鉄橋と川そして「練馬」という土地の歴史から推測できるのは、どうやら1959年に廃止された東武啓志線(単線・非電化)が走っていた鉄橋のような気がするのです。

20170312_20-2017-03-12-15-53.jpg

この線路は昭和40年代以降に徐々に撤去され、線路が横切る川も暗渠化されて一部緑道として整備されている田柄川(たがらがわ)のようなので、どちらも現在その姿をとどめていませんが、その地点は分かります。

20170312_02-2017-03-12-15-53.jpg

道路右手に擬木の柵のあるところがかつての田柄川です。啓志線は右から左方向に道路を斜めに横切るような形で走っていました。

啓志線物語

この東武啓志線は上板橋駅 – グラントハイツ駅(光が丘)間を結んでいました。

20170924_01.png
6歳の頃、団地から舞台となるマンションに引っ越していますが、あまり遠くないところのようです。

近くには公団住宅や自衛隊の駐屯地があり、急行が止まる駅にこだわる点や「みかんの帰り道」とも(まったく土地勘がないので地図上での想像が当たっていればの話ですが)大体の経路が合います。


みかんの帰り道(5巻-No.11)

20170617_01.jpg

20170326_04-2017-03-12-15-53.png

学校(都立井草高校)前のバス停から駅までけっこう込んでいる

↑朝、バスを降りてから校門へ横断歩道を渡るので、帰りは学校側の停留所。北へ向かう西武バス「石神井公園駅」方面

「よみうり庁舎前」

↑石神井庁舎前というバス停があるが、現在西武バス「石神井公園駅」方面行きは経由していない

20170330_01-2017-03-12-15-53.jpg

席の客は終点まで乗っていた。大ハズレ

↑「石神井公園駅」は次、ひとつ手前の「石神井庁舎前」で大勢降りて座席の空くのを期待するかどうか。
↑あるいは、石神井公園駅で乗り換えて、「石神井庁舎前」経由で成増駅に向かったのかも

駅から2駅だけ電車

↑当時西武池袋線には「練馬高野台駅(1994年開業)」はまだないので、石神井公園駅からとすると「中村橋駅」、東武東上線の成増駅から2駅先は「東武練馬駅」になります。

tanihara_gastank-2017-03-12-15-53.jpg
「中村橋駅」からだと谷原のガスタンクのある目白通り付近ということになるのでしょうか。

そしてまたバス

バス停からは(住宅街を片側2車線の道路に架かる歩道橋へ)5分歩く

↑降車したバスが歩道橋のある幹線を走っていない。(旧川越街道を走るバス?

このへんは小学生がよく歩く

↑東武東上線とすれば、旧川越街道のバス停から幹線道路まで歩く途中。近くに小学校がありそう。

これ(歩道橋)を渡れば家はすぐそこ ここからの夕日はなかなかだ。

↑幹線道路は東西に走っている。歩道橋を夕日に向かって左方向へ(つまり道路の南側)。どうやら家は国道254号川越街道の近くにあるマンション?

20170312_04-2017-03-12-15-53.png

どうやら、このあたりも候補のような気がします。

20170325_03-2017-03-12-15-53.png

矢印が指す位置が一階。なぜかこれも気になります。


タチバナ家のマンションの不思議な「構造」

アニメではタチバナ家が住んでいるのは築15年の 5階建てマンション。
(原作の『公式ファンブック』では 4階建てになっています。)

20170312_05-2017-03-12-15-53.jpg
20170312_06-2017-03-12-15-53.png

  • エントランスにスチール製のフレームの厚いドア。
  • アニメでは 5階建てなのにエレベーターが設置されている。
  • エレベーターと屋上の機械室の位置がずれている。
  • エレベーターシャフトとエレベータホールは左側の部屋に食い込んでいる。
  • 全14世帯なのに屋上に貯水槽が3つも。

外観ではこのあたりが気になります。

20170312_07-2017-03-12-15-53.jpg
ちなみに、1976年頃に自分が住んでいた 4階建てマンション。同じく最上階東南の角部屋でした。(エレベータはありません。)

壁の傷によるマンション査定への影響を気にするエピソードがありますが、当時は「永住」を基本としていましたからあまり査定のことは気にしていませんでした。多分このエピソードは、作者が買い替えが進んでマンション査定についての知識が普及した頃の話題を取り入れたと思われます。

マンションブームについて

20170619_02.JPG

「団地」とは行政や公社によって開発された建物群の事や、その内の建物の事を言います。マンションとアパートの厳密な定義分けはなく、一般的なイメージでは建物の構造や規模で鉄筋コンクリート造や鉄骨造の大型の建物は「マンション」と呼ばれ、鉄骨造の低層階の建物や木造は「アパート」と呼ばれます。

マンションブーム

ここで過去の「マンションブーム」について振り返ってみましょう。

20170312_08-2017-03-12-15-53.gif

第一次マンションブーム(1963~1964年)

物価上昇率 4.2%~7.3%
購入主体 会社役員

1962年にマンションの基本法である「建物の区分所有等に関する法律」が制定され、マンションの法的位置づけも明確になり、住宅ローンを利用した購入も可能となりました。また、1964年に開催された東京オリンピックをきっかけに日本に好景気が訪れ、住宅都市整備公団(現:住宅・都市開発機構)を主な供給主体とした「団地型」のマンションが多く供給されました。

リアルみかんの頃では、この時期にタチバナ家のマンションが建てられています。

第二次マンションブーム(1968~1969年)

住宅ローン金利 9.12%~9.60% 物価上昇率 5.2%~5.5%
購入主体 会社管理職

この頃からマンションは大衆化路線に切り替わっていきます。また短期間ではありますが、3年間の住宅ローン付きというマンションが供給され始めたのもこの時期です。住宅金融公庫の融資制度が始まるのが1970年からなので、この住宅ロ-ン付きの分譲は好評でした。公営住宅は質より量の政策を選び、公的大規模団地の建築が都心から遠隔地へと広がりました。

それでもやはり、一般の人がマンションを買うのは難しい時代でした。

そして、この時期にタチバナ家はそのマンションを中古購入しているようです。

第三次マンションブーム(1972~1973年)

住宅ローン金利 9.00%~6.60% 物価上昇率 4.7%~11.5%
購入主体 会社職員

田中角栄首相の「列島改造論」が不動産ブームを生み、不動産投資に沸いた時期です。当時マンション供給の中心は商社でした。しかし1973年に「オイルショック」で世界的不況となり、「狂乱物価」と言われる激しいインフレとトイレットペーパーなどの生活必需品の品不足を招きました。地価が高騰した影響で新築マンション平均価格が1973年には初めて1,000万円を超えましたが、1970年からスタートした住宅金融公庫の制度を活用した「公庫融資付き分譲マンション」の供給拡大もあり、1973年には全国の分譲戸数が15万戸を超えるブームとなりました。
この時期の代表的なマンションは住宅都市整備公団が開発を始めた「多摩ニュータウン」エリアでの物件です。住宅ローン付きで低額でマンションが購入できるニュータウンが各地に開発されていったのもこの頃からでした。

第四次マンションブーム(1977~1979年)

住宅ローン金利 7.62%~9.00% 物価上昇率 3.7%~8.0%
購入主体 団塊の世代

オイルショックによる不況から脱しつつあったこの時期は、東京への通勤圏として神奈川県、埼玉県、千葉県の東京都隣接エリアでのマンション供給が盛んに行われるようになりました。「第二次オイルショック」という逆風の中で、職住近接をうたったマンションが増加し、戸建よりも利便性に優れているという点が評価され始めました。マンションがようやく一般化し、民間ディベロッパーの大型開発が増加したのもこの頃です。団塊の世代が需要の中心でした。
この時代のマンションは広い敷地面積を活用してコミュニティ設備や公園、緑地の設置が行なわれ、生活の余暇部分にも配慮がなされるようになりました。エントランスにオートロックが導入され、居住者のプライバシーが配慮されるとともに、居住者と非居住者が区別されるようになったのもこの頃です。

第5次マンションブーム(1986年~1989年)

この時期はいわゆるバブル経済のピークに向かって地価が高騰し、都心では10億円を超えるような超高額物件が供給されるようになって、一次取得者向けのファミリーマンションは郊外に展開されていました。
また投資用のワンルームマンションも一大ブームとなりました。地価高騰によるキャピタルゲインを得た土地長者が納税額ランキングの上位を占める時代でした。
都内では高額物件専門のディベロッパーが登場するほどマンション価格は日を追うごとに上昇しましたが、反対に割安感があった住宅都市整備公団の物件にも人気が集まり、なかでも「光が丘ニュータウン」は抽選倍率が6000倍を超える人気物件となりました。またマンションの超高層化が進んだのもこの時期からで、30階を超えるマンションが供給されて話題となりました。
この時期の代表的なマンションは、いまや高級物件の代名詞となった東京都渋谷区の「広尾ガーデンヒルズ」(売主:住友不動産、三井不動産、三菱地所、第一生命)があります。高級・高額物件は多数分譲されましたが、なかでも17億9,500万円の住戸が分譲された東京都港区の「ドムス高輪」(売主:ドムス)のような超高額物件が不動産バブルを象徴しています。
この時代のマンションは都心における高額化、ファミリーマンションの郊外化という傾向が顕著ですが、マンションスペックではいわゆる「バブル仕様」とわれる高性能化が進んでいることも見逃せません。

分譲マンションの歴史/マンションブーム年表

なんと「光が丘ニュータウン」は抽選倍率が6000倍を超える超人気物件だったのでした!!

しかし、住宅ローン金利にお気付きでしょうか。長期固定金利住宅ローンのフラット35の最近の金利は 1.1%~1.65%(2017年2月)ですので、その金利の高さもインフレが続いた高度成長時代ならでは。

タチバナ家の不思議な「間取り」

20170312_10-2017-03-12-15-53.jpg

リアルみかんの頃(1980年代初頭)

70年代のマンションの定番の3LDKは中央にLDKを設けた「中LDK」プランでした。

20170312_11-2017-03-12-15-53.jpg
南側に居室を並べた典型的な「田の字」間取り例(70年代)

現在の間取りのベースが登場したのは80年代初頭。まず「和室の続き間」プラン。そして「南面和室縦長LD」「中和室縦長LD」と移行していきます。

20170312_12-2017-03-12-15-53.jpg
(JR:和室 BR:ベットルーム PS:パイプスペース)

ベットルームに窓だけではなくバルコニー付きも現れます。

20170312_13-2017-03-12-15-53.jpg
さらに、両面バルコニーを取り入れた間取り例(80年代)

マンションの間取りの歴史

そしてこちらが公式ファンブックでのタチバナ家の完全版間取り図。
(アニメ版とは水周りの配置が違っています。)

20170312_14-2017-03-12-15-53.jpg

一番気になるのは、「キッチン」の配置。

20170312_15-2017-03-12-15-531.jpg

20170312_16-2017-03-12-15-53.jpg

これは、昔住んでいた公団住宅の間取り図。

特徴的なのは台所がバルコニーに面して縦長に配置されていること。必然的にダイニングテーブルが窓際に配されていたのが公団住宅の特徴なのですが、現在のマンションは80年代からダイニングキッチンは室内が主流となっています。

20170330_02-2017-03-12-15-53.jpg

1964年頃に建てられた、70年代の住宅公団の様式と80年代の「南面和室縦長LD」プランをミックスした先進的な間取りを持つマンション様式

ということには、正直びっくりしました。

それにしても、飛び出したキッチンの隣の家の間取りはどうなっているのかが気になって仕方がありません。

20170312_17-2017-03-12-15-53.png

ただ、

20170326_0efbc93-2017-03-12-15-53.png

「たたかうお嫁さま」で登場する間取りでは、バルコニー側にリビングがあります。

ということで実際はこんな感じなのでしょうか。

20170326_02-2017-03-12-15-53.jpg

これがネットで見つけた最もタチバナ家のイメージに近い平面図(たぶん。)

この不思議感が『あたしンち』のアニメに魅せられた最大のポイント。

しかし、

「私の実家はマンション住まいだったので、そのときの間取りがタチバナ家のイメージになっています。でも間取りの細かい部分って、じつは、それほどきっちり考えていなくて……。なので、あまり細かいチェックはなしで(笑)。」

あたしンち公式ファンブック

ということですから、まあそんな間取りもあったのかと流しましょう。

でもやっぱり気になるなぁ。

最近のマンションの気になる話題

20170312_18-2017-03-12-15-53.jpg

「多数決のパラドックス」 多数決の問題点

「ある5階建ての分譲マンションで、 エレベーターの改修が必要となった。 マンションの自治会でその話を議論している。 エレベーターを普段使わない1階の住民は 負担を拒み、なかなか話しがまとまらない。 そこで悪知恵を働かせた5階の住民が “1階の住民が全額負担” と提案。 それはよいと2階から5階までの すべての住民が多数決で賛成、 80%の得票率で可決されてしまった。」

東京新聞

「タワーマンションは、住民構成が複雑すぎるのです。高層階に多いのは、相続税節税目的で買った富裕層や、投資目的の中国人。低層階に下がっていくほどに、ローンを組んで無理して買った普通の住民が増えていく。

年収から生活習慣、マンション購入動機、国籍までがまったく違う人たちが、建て替えに必要な合意をする。その合意形成はどんなマンションよりも難しい」

階数格差(マウンティング)

低層階の住人が高層階の住人から「さげすまれているように感じる」という声も実際に耳にするという。子育て世帯の間では、高層階の主婦が偉そうに振る舞うといった場面も一部であるようだ。

こうしたヒエラルキーは、東京の豊洲や有明といった「湾岸エリア」のタワマン住人が抱きやすいと榊氏はいう。

「湾岸エリアのタワマン住人は地方出身者が多い。ITベンチャーなどで成功を収め、ステータスを求めてタワマンに住む傾向がある。売り手側もその点をよく心得ていて、ターゲット層は『見えっ張り』と分析した上で、彼らのプライドや購入マインドを刺激する販売戦略を仕掛けている」

ちなみに「東京生まれの東京育ち」といった人々は、湾岸エリアのタワマンに憧れることは少ないという。

タワーマンションに住むセレブ主婦たちが縛られる 意外なご法度とタブー

このページには「提供社の都合により、削除されました。 概要のみ掲載しております。」と書かれています。

まあ、クライアントがマンション販売会社では仕方ないことです。しかし、タイトルが削除されていないということは、実際にはこういった問題もあるので、少しは認知しておいてもらったほうがよいといった判断もあるようです。

「私はあまり気にしていないけど、2階、3階の人は階段を使う人も多いようです」

これは上層階の人と乗り合わせたくないがゆえか、エレベーターを待つより階段を上ったほうが早いからなのか。

タワーマンション住民の「ドロドロ」、ホントにあるの?

いつの時代になっても、どこに住んでも、悩みというものは尽きないようです。

人間て、なにか悲しい。でも人間らしくてホッとするような。


本日の一曲

20170312_19-2017-03-12-15-53.png

ジャン・レノに憧れるみかんの父の気持ちはよく分かります。遅咲きの俳優には独特の哀愁と味わいがあるのです。


Leon The Professional Music Video 2013 FULL HD(1994年)

20170508-2017-03-12-15-53.jpg

→ アニメの風景_『あたしンち』

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中