紀州南路記 その2(龍神温泉)

わたらせ温泉「ホテルやまゆり」名物の温泉水で炊いたお粥を食べて 2日目のスタート。

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ストリートビューで既視感

今回は知らない山道を走りますので、利用する道路や交差点を Google ストリートビューで事前に様子を確かめています。こうすることで現地でも既視感が働き、落ち着いて運転できるのです。

計画では十津川村などを経由して奈良県五條市へ至る国道168号線を北上して「谷瀬の吊り橋」に寄ってから高野山へ向かう予定でした。この道路左手の稜線沿いの道が小辺路にあたるようです。

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「谷瀬の吊り橋」は長さ297メートル、高さ54メートルで日本有数の長さを誇る鉄線のつり橋。

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ところが、途中高野山方面に向かうために左折して入る県道53号がどうも怪しいのです。

Google のストリートビューで道路の様子を確かめるのですが、高野山側がかなり狭い様子なので、ホテルのフロントで確かめてみると、やはり避けたほうが無難というアドバイス。しかも高野山は雷雨の予報。

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Google ストリートビューでは、一見大型トラックも余裕で走っている県道53号なのですが、途中はこんな感じ。

結局「谷瀬の吊り橋」は諦め、中辺路を進む龍神中辺路線を西に、途中北に折れて龍神街道に入り、龍神温泉を通過して、高野龍神スカイラインを乗り継いて行くことにしました

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ここを右折すれば今夜宿泊する龍神温泉なのですが、いったん通過。さらに北上を続けます。

高野山

高野山という名称の単独の峰はなく、八葉の峰(今来峰・宝珠峰・鉢伏山・弁天岳・姑射山・転軸山・楊柳山・摩尼山)と呼ばれる峰々に囲まれた盆地状の平地の地域を指すそうです。

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寺院というところは檀徒として参拝するのと観光客として訪れるのでは、まるで印象が違うのですが、今回は観光客として。

高野山は深山幽谷の修業地といったイメージでした。実際には整備が進み、まるで街の中にいるのようで、確かに「根本道場(壇上伽藍)を中心とする宗教都市」。

御廟と灯籠堂へと続く奥の院の参道も手入れが行き届いていて参拝客も多く「なんだかなあ」と言った気分。だってここは古くからある墓地のはず。

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汗かき地蔵堂と右脇にある姿見の井戸

この井戸をのぞき見て、自分の姿が水に映らなければ3年以内の命であるという「姿見の井戸」。ちゃんと映っていましたので 3年間は生きられるようです。

墓石と龍神温泉

奥の院参道の途中で変わった墓石群を見つけました。

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まるで頭に角のようなこぶのある役の行者(役 小角)が前鬼・後鬼・五鬼を従えて合掌しているかのように見えます。そういえば役 小角も高野山でも修業していたのでした。
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役の行者は奈良時代の修験道の祖。つづく平安時代の呪術の双璧は密教と陰陽道。役小角・空海・小野篁・安倍晴明など歴代の呪術師たちが活躍します。彼らが生きていたはるか遠い時代、ここはどのような風景だったのでしょう。

そして、役の行者が発見したのが「龍神温泉」。奥の院参道でこの墓石群が気になったのが不思議です。

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御廟の橋の向こうは燈籠堂。ここからは厳粛な雰囲気が漂います。

「こうやくん」登場

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御廟の橋のたもとに「こうやくん」のポケモンGO使用禁止パネル。

奥の院境内にはすでにポケモンハンターが出没しているようです。お堅い文面とゆるキャラがマッチしていい感じです。最近は「上から目線過敏症」の衆生が増えているので、坊さんが居丈高に注意するよりも効果がありそうです。

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根本大塔の前にも「こうやくん」。

雨が降り始めたのですが、参拝客と絡めたセリフを勝手に考えてみるのも楽しいもの。

そして雨はどしゃぶりに。

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雨の高野山を早めに後にして、高野龍神スカイラインを龍神温泉に戻ります。

落雷跡

途中もすごい豪雨となり、数メートル先しか見えず、山側から道路に流れ出した雨水が川となって横切っています。落雷の跡でしょうか、裂けた木も路上に転がっていました。

護摩壇山

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高野龍神スカイラインの中間点に位置する道の駅「ごまさんスカイタワー」。

帰路、ここから大菩薩峠に登場する「清姫の帯」のかかった鉾尖岳と白馬山を探そうと思ったのですが、残念ながら雨に霞んで何も見えません。

ところが、高野龍神スカイラインを下って龍神街道に入ると雨は止み、道路もほとんど濡れていませんし、日高川の水かさも増えていないようです。(ちなみに今回立ち寄った場所のうち高野山だけが紀北にあたります。)

龍神街道に入ってなんだかホッとした感じ。

紀伊半島は河川の分水界によって分断された各地域が強いまとまりを持つようになったそうで、龍神と高野山ではやはり地域が違うのでしょうか。

やがて本日の宿泊地、龍神温泉に到着。

龍神温泉

本日唯一の「ポン」

高野山からの帰路、唯一のトンネルである温泉トンネルを抜けたところを左折すれば、龍神温泉に到着。

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曼荼羅の滝

宿に着くなり、さっそく温泉寺に向かいます。

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温泉には病気平癒の薬師如来様が似合います。

お豊は石段をカタカタと踏んで竜神の社へのぼり行く。

竜神の社には八大竜王のうち、難陀竜王なんだりゅうおうが祀まつってあります。 こんな山奥に竜神を祀ることが、奇妙といえば奇妙である――今を去ること幾百年の昔、この地に竜神和泉守(いずみのかみ)という豪族が住んでいた。その屋敷跡は、今もあるということであります。 竜神の姓はその人以前からあったものか、その人が来て、竜神の社の名によってその姓をつけたものか、その辺はハッキリしません。ハッキリしないところに竜神の秘密がいろいろと附け加えられました。

八大竜王の八という数が、ちょうどこの竜神村の字あざの数と同じことになる、そうして、この湯本(ゆもと)の竜王社には王の中の王たる難陀竜王を祀ってある、野垣内のがい、湯の野、大熊、殿垣内(とのがい)、小森、五百原(いおはら)、高水(こうすい)の七所に、あとの僧鉢羅竜王(そうばちらりゅうおう)までが一つずつ潜ひそんでいるということでありました。

天にもし清姫の帯が現われた時は、遠からずこの八つの竜王が、八所の谷から、悉(ことごと)く荒(あばれ)出して、雲を呼び雨を降らす――さればこそ竜神の社は、竜神村八所の鎮(しずめ)の神で、そこに籠(こもる)修験者(しゅげんじゃ)に人間以上の力があり、一村の安否の鍵がそこに預けられてあるように信ぜられているのであります。

修験者のいる所は本社の右手の高い森の中で、そこまではまだ八町ほどある、そこへ行くまでに大師堂を左にと下れば御禊(みそぎ)の滝があるのであります。 大した滝ではありません。幅が五寸に高さが二丈もあるか、それが岩の間から落ちて一泓(おう)の池となり、池のほとりには弁財天の小さな祠ほこらがあって、そのわきの細いところから、こっそりと逃げて水は日高川へ落ちる。

大菩薩峠 竜神の巻

温泉寺
弘仁年間、弘法大師が難陀龍王の夢のお告げで温泉を見つけ、薬師如来を安置しました。後に、宝永2年、明算という僧によって龍王社薬師堂が再建されて、温泉寺と名付けられました。現在の温泉寺は、近年再建されたものです。

竜神の社
龍神温泉は、その昔、修験道の開祖である役の行者が発見し、後に難陀龍王の夢のお告げにより、弘法大師が開いたと云われています。その難陀龍王を祀る小社が元湯の玄関前にある。古くは元湯から対岸にある、現在の元湯別館にわたる橋のたもとに祀られていましたが、平成10年、元湯の改築後、現在の場所に移転。

曼陀羅の滝
温泉街の中にある小さな谷にかかる滝です。空海の修行の場でした。中里介山の小説「大菩薩峠」の机龍之介が失明寸前にこの滝で洗顔治療し、全治したことで有名になりました。

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配置は小説に描かれたのと大体合っています。ただ曼陀羅の滝は、大師堂を左に20分程遊歩道を登ったところにありました(実際には往復40分ということで、途中で暗くなりそうなので行くのは諦めました。)。

地元の人に中里介山が訪れているのか聞いてみても、誰も知らないみたいです。
 
 

大正4年 (1915)
・4月「大菩薩峠」<竜神の巻>を「都新聞」に連載。
・同月 熱田・奈良・京都・修善寺方面を旅行。

大正5年 (1916)
・2月 伊豆・箱根方面を旅行。
・7月 安房国清澄山に遊んだ。
・9月 浜松・岡崎・伊賀上野・奈良・吉野・高野・和歌山・大阪方面を旅行。

大正6年 (1917)
・7月 那須温泉・新潟・会津東山・赤倉温泉方面を旅行。
・10月「大菩薩峠」のうち<間の山の巻>を「都新聞」に連載した。

玉川神社 中山介山年譜

この「大菩薩峠」の龍神温泉のところは、映像的な描写が多いのできっと取材旅行にこの地を訪れていると考えているですが、それをたしかめる術もありません。

思ったより山の斜面が急だったことを除けば、想像していた舞台風景そのもの。目を閉じれば、お豊、修験者、机竜之助、宇津木兵馬、金蔵らが生き生きと動き始めるかのよう。

ただ、もし修験者の護摩壇がある場所を護摩壇山だとすれば、少々遠い気もします。

ひぐらしとせせらぎ

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東山魁夷 月篁(げっこう)

宿に戻り、部屋の窓を開けて、夕暮れの日高川の涼感あふれるせせらぎと物悲しいヒグラシの声を聞きながら、川向こうの急勾配な山肌に密生する木々の緑の壁をじっと見つめていると、「青の画家」東山魁夷の作品が浮かんできました。

「これが本来の日本の自然なのか。」

一刻ほど、ときおり窓を横切るトンビに現実に戻されながらも、ゆめうつつに日本の緑の世界にゆったりと溶け込んでいました。久しぶりに落ち着いた気分。

美人の湯

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旅館の係の仲居さんは自分の連れよりも 5つも年上だったのですが、毎日龍神温泉に浸かっているせいなのでしょうか、肌がツルツルで若々しい。連れも「負けた」と正直に認めていました。

やはり、美人の湯というのは本当のようですよ。

日本が無くなってしまう。

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その仲居さんがふと漏らした言葉が「このまま日本がなくなってしまいそう。」

この龍神村の人口は林業が盛んだった頃には約8,000もの人がいたのですが、現在では約3,500人にまで減少して学校もいくつか廃校となったそうです。最近では地方経済を支えた公共事業も減って、子供も大学に入って都会で就職してしまうと戻って来ないそうで、多分、高齢化も進んでいるのでしょう。

村から若い人が年々減っていき、村の行事や祭りにも支障がでてきて、独自の伝承が途絶えてしまうことに日本がなくなってしまいそうという表現につながっているのかもしれません。

田辺市龍神村について:龍神村森林組合

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そういえば

そういえば大学生だった頃、愛知県の山村で宿泊ゼミの会場を借りたとがありました。ゼミが終わる最終日はちょうど祭りの日で、地元の人から神輿を担ぐ手伝いをすることになりました。

若い男性が40人もいるわけですから、これは幸いと目をつけられたようです。(格安な宿泊条件でしたので、実はこれも料金のうちだったのかもしれません。)

とにかくハッピを着て、力水と称した酒を振る舞われ、ヘロヘロになりながら担いだのですが、神輿の担ぎ手が見ず知らずの若者たちで地元の帰省した若者が見物人。なんか奇妙な気がしたものです。

山の暮らしについて

実際、経験の無い山の暮らしやそこに住む人々の気持ちを想像するのは、なかなか難しいもの。岐阜県のある山村を舞台にした『キツツキと雨』という映画でなんとか想像するぐらいでしょうか。


映画『キツツキと雨』予告編

NEXT→紀州紀南路記 その3(瀞峡)

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