紀州南路記 その1(熊野三山)

8月に入って酷暑となり TV が騒ぎ始め、最近のへんな夏が熱中症と共に戻ってきました。

今年の夏

夏の主役の太平洋高気圧、今年は何故か台湾付近に小さくなっていて、代わりにオホーツク高気団が中部以北に冷気と湿気を送り込んできました。そのため梅雨が明けても例年より 5度前後低く、毎日のように昼過ぎから夕立。

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いつもの夏の幕開けとは少し違い、まるで懐かしい昔の夏のよう。

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おかげでうっすらと虹の架かる夕焼け空なんてのも。


サブカルチャー聖地巡礼

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旅物語としての『大菩薩峠』

最近は中里介山作による未完の長編時代小説『大菩薩峠』の宇治山田の米友、道庵先生、女軽業の親方のお角さん、お銀様と共によく旅をしています。

この『大菩薩峠』はここ数年何度も読み返している小説ですが、内容が面白いということだけではなく、とにかく長く、登場人物や逸話も多いので、読み終える頃には初めの頃の話を忘れていまい、結局また最初から読み直すことになってしまうのです。

この小説では人気を博し、映画化のエピソードとして取り上げられる机竜之助(つくえ りゅうのすけ)の徹底したニヒリズムを描いた初期よりも、知っている地名が数多く出てきて旅物語として面白い『間の山の巻』以降がとくに気に入っています。

例え作者の想像だと分かっていても、描かれた場所を訪れて登場人物達に思いを巡らせたくなるのです。

ということで、昨年は青空文庫『大菩薩峠 24 流転の巻』で米友と道庵先生が旅した北国街道を廻っています。

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碓氷峠で米友が眺めた「あがつまの国」、米友が裸松を退治した軽井沢から眺める浅間山、沓掛、追分、小諸では二人も多分口にしたと思う「くるみ蕎麦」、善光寺には寄らず、彼らが取らなかった追分から和田峠を越して下諏訪へのコースなど。

これも大衆小説版のサブカルチャー聖地巡礼(コンテンツツーリズム)といったところでしょう。

そして今回は、和歌山県の龍神温泉を目指します。

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大映・三隅研次監督版『大菩薩峠 竜神の巻』(1960年)市川雷蔵

青空文庫『大菩薩峠 05 龍神の巻

昨年の夏は北東に300km離れた草津温泉まで聖地巡礼ついでに足を伸ばしたのですが、今年は反対に南西300kmにある和歌山県の龍神温泉へ現代の伊勢路で向かってみることにしたのです。

ご存知のように草津温泉は、有馬温泉(兵庫)、下呂温泉(岐阜)とともに日本三大名湯のひとつでしたが、今回の龍神温泉は川中温泉(群馬)、湯の川温泉(島根)とともに日本三大美人の湯として有名なところ。

『大菩薩峠』ではこの龍神温泉で、お豊、修験者、机竜之助、宇津木兵馬、金蔵などが織りなす一騒動が描かれ、ひとつのクライマックスを迎えるところ。実際にはどんなところなのか興味を引かれたのです。

曼陀羅の滝なら那智の滝もということで、

ついでに現代の中辺路(なかへち)小辺路(こへち)を通って、熊野三山と高野山めぐり。

あまりにも定番な観光コースなのですが、せっかく龍神温泉まで行くのですから訪れてみることに。

熊野三山参りと高野山

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熊野詣とは、熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社、那智山青岸渡寺、補陀洛山寺)に参詣することをいいます。 信仰心の篤さを「伊勢に七度 熊野へ三度」と例えられるように、江戸時代以降に盛んに歩かれるようになりました。

熊野(くまの)は、和歌山県南部と三重県南部からなる地域で、そこに奈良県が割込んでいたり、飛び地の県域があるなど行政区はかなり複雑な感じ。

高野山は、周囲を1,000m級の山々に囲まれた標高約800mの平坦地に位置し、平安時代に空海(弘法大師)が修禅の道場として開いた日本仏教における聖地のひとつ。

これらは奈良県の吉野・大峯とともに『紀伊山地の霊場と参詣道』としてユネスコの世界遺産に登録されています。

和歌山県の観光スポット

実は、ラピュタみたいな島がある!パンダだけじゃない【和歌山県】の隠れた30の魅力

和歌山県と聞いて、あなたはどんなものをイメージしますか?

岡山県と聞き間違えられたり、みかんしかないと言われたり、和歌山県出身の方の中には「…またか。」という思いを抱いたことがある方も多いのではないでしょうか。そんな悔しい思いをすることもある和歌山県。今回は、編集部が隠れた魅力を30個掘り出してきました。「岡山県」と間違えるような人や、「地味」などと言ってくる人に対して「そんなことはない!」と反論してやりましょう。

イキなクルマで


紀伊国はトンネル国

伊勢自動車道から分岐した紀勢自動車道から、熊野尾鷲道路、熊野街道、新宮紀宝道路、那智勝浦新宮道路、国道168号、龍神中辺路線、龍神街道、高野龍神スカイラインを乗り継ぎました。すべて片側一車線でほとんど渋滞も無くスムーズに運転できたのですが、街道やスカイラインを除いてトンネルの連続。

ウォータースライダー

まるでウォータースライダーのチューブのなかを滑って、目的地がポンポンと現れる感じ。同じ距離でも連続して風景が見えない分、なんとなく早く着いた気がします。

多分、リニア新幹線もこんな感覚なのでしょう。

最初に「ポン」と現れたのは熊野灘の絶景。

熊野街道風景

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「紀伊山地の霊場と参詣道」世界遺産のひとつ鬼ケ城

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三重県熊野市から紀宝町にかけて熊野灘に面した浜七里御浜(しちりみはま)

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まだバイパスのないこの区間は海沿いを本宮市方面へ。

熊野大花火

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三重県・七里御浜(しちりみはま)。熊野灘に面したゆるやかな海岸線は、熊野古道・浜街道として世界遺産に登録されています。古くから、この海の果てに浄土があると信じられてきました。8月13日の盆の入り、七里御浜の家々で、迎え火が焚かれます。初盆を迎える家では精霊棚を組み、戻ってきた魂をまつります。15日には精霊棚を浜へ運び、海の彼方の浄土へと魂を送り出します。夜空に打ち上げられる1万発の花火。300年続く供養の花火は、この世とあの世を彩る壮大な送り火です。

NHK 日本風土記アーカイブス

17日には名古屋のケーブルテレビで生中継を楽しむことができました。

次の「ポン」で現れたのは熊野那智大社。

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熊野古道大門坂から熊野古道を登り、熊野那智大社へ向かいます。

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青岸渡寺の三重塔と那智の滝の定番な構図。青岸渡寺駐車から直接三重塔に向かって階段を下りる途中の瀧壽庵前がベストシャッターポイント。

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青岸渡寺近くにあった珍重庵新宮本店という休憩所で「もうでそば めはり寿司 1個付き」の昼食。細切り大根と梅が入った十割りそばとご飯を高菜の浅漬けの葉でくるんだ熊野地方の郷土料理「めはり寿司」です。

美味しかったです。

さらに次の「ポン」で熊野速玉大社。


【ドローン】熊野速玉大社【空撮】

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熊野速玉大社
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速玉大社のオカラスさん

国道168号線を熊野川に沿って「ポン


奈良交通 八木新宮線 前面展望 新宮駅~川湯温泉~湯ノ峰温泉~本宮大社前~道の駅奥熊野

速玉大社からは、日本一の長距離路線バスとして知られる奈良交通の「八木新宮線」と同じコースで熊野本宮大社に向かいます。(途中路線バスは、川湯温泉~湯ノ峰温泉に寄り道します。)

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川幅の割に水量の少ないという印象の熊野川は、上流にダムができたため水量が減っているからだそうです。

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熊野川に沿って熊野本宮大社に向かう途中にある志古乗船場。ここからジェット船が向かう田戸乗船場のある瀞峡には 3日目に訪ねます。

熊野本宮大社

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熊野本宮大社参道

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境内には15日の「精霊万灯祭」に合わせたお盆の風物詩の風鈴が設置されていました。風鈴には熊野地方に残る伝説「三体月」の模様が、色鮮やかな短冊には熊野のシンボル八咫烏(やたがらす)が入っています。

熊野本宮大社から少し離れた場所には元の熊野本宮大社があった大斎原がありました。

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熊野本宮大社は熊野川・音無川・岩田川の合流点にある大斎原と呼ばれる中洲にありましたが、1889年(明治22年)大水害に遭い、水害を免れた 4社が現在の熊野本宮大社がある場所に遷座しています。

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旧社地「大斎原(おおゆのはら)」の大鳥居(高さ約34m、幅約42m)

う~ん、でかい。想像以上に大きかったです。

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本日最後の「ポン」で本日の宿泊地、渡瀬温泉に到着。


わたらせ温泉「ホテルやまゆり」

ホテルには道路下を回り込んで、熊野川支流の砂洲に降りる感じで向かいます。意外にも神戸ナンバーが多く駐車していました。神戸からは車で約200km、ドライブにはちょうどいい距離なのでしょう。

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やまゆり

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ホテルのまわりはこんな風景。「河原に湧き出た大きな露天風呂」といったイメージです。

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わたらせ温泉の貸切露天風呂。こんなに広い温泉を独り占めにしてゆったりと浸かることができました。

西日本一の大露天風呂の方は日帰り入浴も可能です。

戻ってきた指輪

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温泉ホテル付近の散策を終えてフロント近くのイスに腰掛けていると、一組の外人の家族が入ってきました。

指で小さな円を作ってその大きさを示ながら「リング、リング」とフロント係に何かを尋ねています。

「リングてなんだろう。キャンプにでも使うのかな」なんて考えていると、フロント係の人は解っていたようで「OK」と言いながらカウンターからビニール袋に収められたリングを手渡しました。

そのときの一家のうれしそうな表情。奥さんらしい人はもう涙目で、息子が「お母さんよかったね。」と話しかけていました。

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実は、フロント係の人によると、日帰り入浴を利用したお客さんだったのですが、入浴中に指輪を見失ってしまい、そのお客さんが帰った後もみんなで手分けして探し出し、預かっていたものだったそうです。

大切なリングだったのでしょう。それを異国の地で失ってしまったときにはかなりショックだったことでしょう。見つかってよかったですね。

それにしても自分の想像力の貧困なこと。今日はここまで。


本日の一曲


Evil Sword | The Sword Of Doom music video ft Wu Tang Clan – Triumph (instrumental)

NEXT→紀州紀南路記 その2(龍神温泉)

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