多分、みんなあのデザインが好きじゃなかったんだ。

草津から帰ってからも考えてみた。

9月1日、とうとう大会組織委員会はエンブレムについて、使用を中止して取り下げることを発表しました。

撤回された東京五輪ロゴ

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このロゴを初めて見たとき、イメージしたこと。

古臭い鎧兜。

たぶん古く思わせているのは、TOKYO 2020 のロゴタイプ。

最近、古い時代小説を愛読している影響もあるのでしょうか、日本古来の文化にも室町、安土桃山、元禄など様々なスタイルがあります。東京五輪の場合に共感されるのはいつの時代の日本文化なのかを考えさせられました。

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2014年新作の伊達政宗の五月人形

同じ鎧兜でも五輪ロゴに比べて新作の五月人形はモダンでいいデザインですね。この違いはどこからくるのでしょうか。

振り降ろされる鎖鎌。

五輪マークが細く描かれチェーンのようで、ロゴを合わせるとまるで鎖鎌。その鎖鎌が回転しているようです。

確かに日本は忍者の国でもありますが、五輪競技は武蔵と梅軒の決闘ではないとおもいますが。

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死に神ホーマーの手に持たれているのは。

カナヘビ。

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過去の五輪のデザインで記憶に残るのは、2010年のバンクーバー冬季五輪で「金色のスーツの下に明らかに黒いTバックのようなものが見え、世界中を驚かせた」と紹介されたスピードスケートの日本選手の競技ウエア。

金メダルをイメージした金色をベースに、ヘビの力強さを表現した黒の模様をアクセントにしたデザインだったそうです。

「龍」ではなくて「ヘビ」ということは、当然日本選手の競技ウエアですから、日本の固有種、ニホンカナヘビ(日本金蛇 )つまり、ふんどしの透けてみえる「トカゲ」を表現したわけです。

確かにチョロチョロとすばしっこそうでした。

そんな平成デザインの伝統も脈々と受け継がれているようで、今回のロゴもアルファベットを表現できるそうですが、動かしてみるとまるで八岐大蛇のウロコが蠢いているようにも見えます。

そして、今年はエルニーニョ現象の年で、そんな年にはヘビに噛まれる人が多いそうで、このデザインもヘビに噛まれたのかもしれません。

エルニーニョ現象の年は、ヘビに噛まれる人が多い

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しかし、同じ色合いならこちらのほうが自然の力強さを感じるのは自分だけでしょうか。
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ノースウェストコーストインディアンのデザイン

GLEN RABENA Northwest Coast Native Art

多分、みんなあのデザインが好きじゃなかったんだ。

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開催地 Tokyo の「T」は Tokyo 2020 で十分。

欲しかったのは自分たちの時代のアイコン、それも自分が愛したい日本という国を表現した誇りを持てるシンボルだったのでしょう。

今回のエンブレムでもしマズかった点があるとすれば、それはパクリ云々ではなく、このクリエイティブが「20世紀に属するもの(亀倉雄策的なもの)なのか、21世紀に属するもの(デジタルな世代の感性)なのか?」がハッキリしなかったところにある。

それでもあの五輪エンブレムは”パクリ”ではない!

デジタル時代の憂さはらし。

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「パクリ」疑惑から派生して「審査委員会」「組織委員会」「広告代理店」などいろいろな人々に飛び火しているようですが、本当の気持ちは、単にみんなこのデザインが好きではなかったということではないのでしょうか。

事の起こりは力量のある総合プロデューサーの不在の隙にうまく入り込んだ、アナクロ昭和世代とチープ平成世代の混成チームが内輪だけで決めてしまったことにあるようです。

それでも、ある程度みんなが2020年東京五輪に期待したデザインであったなら、撤回なんてことにはならなかったのかもしれません。残念ながらその想いとはあまりにもかけ離れていたようです。

モノを買う動機を強化するための表面的な表現が得意な人と本質的なことを追求して多くの人に共感を得る表現を生み出す人がいます。今回どちらが必要だったのでしょうか。

エンブレムの撤回は力量のある総合プロデューサーの不在から起きた当然の成り行きのような気がします。

それが、インターネット時代の憂さはらしに格好な標的になったようです。

この「ネット私刑」の暴走は、デジタル時代が生み出した人の持つ悲しい性(さが)のひとつ。たいへんな時代になったもの。

平成スタイル

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スタイル (英語:Style)は、日本語では文体、様式、型、種類、流行、品位、芸風などの意味を持つ。

スタイル_Wikipedia

ネットの書き込みが発端となったSTAP細胞の論文をめぐる騒動も、まだ昨年のこと。またしても「平成スタイル」の事件発生。

本当は、こんな「平成スタイル」を望んでいた訳ではなく、新しい時代の幕開けを感じさせる夢のあるスタイルを期待していたのですが。

時代が変わればデザイン(の流行)も変わる。たとえば1980年代は、グラフィックデザインの世界においても、いわゆる”とんがった表現(アート性の高いもの)”が好まれていたが、90年代に入って不況が訪れると課題解決の「機能」がより強く求められるようになり、現在に至るまでその流れが主流となっている。クライアントからも世間からも「よりわかりやすくシンプルに、安く早く効く」が求められる風潮が強い。

それでもあの五輪エンブレムは”パクリ”ではない!

どうやら現在までの平成という時代は、才能あるプロデューサーとアーティストを育てる事に失敗したようです。

ただ、平成も2011年の東日本大震災と第2次安倍内閣の登場によって、いろいろな環境が変化しつつあります。

いまは市井に埋もれている才能溢れた人材たちが浮上して、歴史に誇ることができる「平成スタイル」が生まれることを願います。

エンブレムとワッペン

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五輪エンブレム発表のニュースで、エンブレムとは服に縫い付ける刺繍ワッペン、もしくは自動車のボンネットについているメタリックなマークといったイメージでしたので、大きな紙に印刷されたものをエンブレムと紹介されて妙な感じがしたものです。

エンブレムとは、標章。記章。紋章。特に、ブレザーの胸ポケットに縫いつける校章などのワッペン類や、自動車のボンネットにつけるメーカーのマークなどをいう。

エンブレム_デジタル大辞泉

調べてみるとオリンピックでは大会独自のロゴマークに五輪マークが加わると「エンブレム」と呼称されると規定されているそうです。つまり、今回問題になっているのは五輪エンブレムのうちロゴマークの部分。

知っているつもりで日頃使っていた用語に疑問が湧き、ここで調べ直してみました。

「ロゴタイプ」とは、図案化・装飾化された文字・文字列のこと。

「シンボルマーク」とは、その家系、会社、団体、個人などを象徴する意匠。英語では「 logomark」

「ロゴマーク(日本語)」とはロゴタイプとシンボルマークを合わせて図案化したもの。英語では「logo」

「エンブレム」とは、観念または特定の人や物を表すのに使われる図案。

「ワッペン」とは、衣類や帽子などにつける、模様を縫いつけた飾り。

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エンブレムとはワッペンや自動車のマークだけではないようです。また「ロゴ」と略される場合は、ロゴマークの意味で使用されているです。

翻訳サービスで調べてみると、

英語のエンブレム(emblem)はドイツ語でもエンブレム(emblem)
英語のワッペン(wappen)はドイツ語でもワッペン(wappen)

ところが逆に

ドイツ語のエンブレム(emblem)は英語ではロゴ(logo)
ドイツ語のワッペン(wappen)は英語では紋章(coat of arms)

とニュアンスが違ってきます。

集合知

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おばあちゃんが最期に残し20年間も未解決だった謎の暗号がネットの集合知によって爆速で解明へ

今回の騒動も同様ですが、インターネット初期のいろいろなサービスと同様、ごく限られた範囲では効果的だった SNS の大衆化によって、集合知が衆愚へと変質する場面も増えているような気がします。

大衆を構成する個々の人格の高潔さや知性にも関わらず総体としての大衆は衆愚性を示現する可能性があります。衆議を尽くすことでしばしば最悪のタイミングで最悪の選択をしてしまうこともあるそうです。

そこには「集団のメンバーが相互に影響しないこと」が重要な要素となります。

集団が各個人の持つ幅広い予想から意見を出せば賢明な答えになるのですが、何かのバイアスがかかった時、つまり互いが影響を与えたり外部の要因に影響されたりした時に、集合知は愚かなものとなってしまうのです。

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三人寄れば文殊の知恵

企業の売り上げのため、この衆愚性を逆手に利用した広告会社のシステム上でうまく立ち回ることのできる人は、商業プロデューサーとしてセンスがあると評価されます。

使用料がフリーのインターネットの機能を利用し、大衆好みのおいしいところを探し出してあてはめる生産作業。

後はクライアントをプレゼンでいかに自分のバイアス空間に引き入れるのかに集中すればいいのです。プレゼンでは同じ価値観を共有する仲間内の持ち回り審査で得たコンテスト受賞という勲章も大いに役に立ちます。

そして、SNS を利用して、消費者に都合のいい方向へバイアスをかける作業。自分は賢いと思っている人ほどこのワナにはまりやすく、ターゲットとしては効果的。

このようなシステムの存在はいまや常識となっていて、対抗策として気に入らなければ TV のチャンネルを変え、その会社のサービスを購入しなければ済む話なのです。

誤算は、

2020年東京五輪は国民的な行事で、嫌いなデザインが目に入るのを避けることが難しく、みんながその出来栄えに関心を持っている。

商業デザイナーはけっしてアーティストではないということを作るほうも受け取るほうも勘違いしている。

コンピューターと通信を利用したデザイン工程の普及と経済的要因により、デザイナー個人の能力向上への要求が低くなっていて、デザインに対する一般の評価のレベルが上がっているのに対して、デザイナーのレベルが上がっていないということ。

そして安価なインターネットの機能を利用したソースにアクセスできるのは、特定な人々だけでなく、検索能力や解析能力ではもっと上手がたくさんいた。(すでに人間よりもコンピューターのほうが上回っているかもしれません。)

ということでしょうか。

宴のあと

幻のエンブレム登場

撤回された2020年東京五輪の公式エンブレムを使い、東京都などが大会PRのために作製したとみられるポスターがオークションに出品され、4万5000円で落札された。

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将来プレミアムがつくかもしれない撤回されたエンブレムを使った様々なグッズは、家宝にして「開運!なんでも鑑定団」にでも出品したいと思うのは誰しものこと。

ネットオークションの利用はすでに予想されたことで、撤回発表前に対応策を採れなかったこと自体が時代の変化に取り残された人々らしさを感じます。

このグッズの管理を厳重にすればするほど、逆にその価値は上がるわけで、将来その入手に関わる話題も起きそうです。

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