志賀団地と少年時代_周辺記1_御嶽山の信仰世界

wpid-hituji_000-2015-02-14-06-21.jpg

今年の干支は「ひつじ」。

全国に2社しかないという羊神社が名古屋市の北区にあります。12年ぶりということで初詣には大変込み合いそうなので、ひと月遅れでお参りをすることにしました。

wpid-wara_001-2015-02-14-06-21.jpg

ふと思い出したのが、今はどのようになっているのか、ずっと気になっていた50年近く前に撮った一枚の写真。

少年時代からこういった場所でひとりぼんやり時間を過ごすのが好きでした。この写真も志賀団地から引っ越した後、どうしてももう一度見たくなり、数年後に訪れたときに写真に収めたもの。

wpid-wata16-2015-02-14-06-21.jpg

1969年撮影の航空写真での今回の経路

そこは、確か志賀団地の南西の方角にあったはずです。羊神社は、北東の方向。どうせならと、途中でいろいろと寄り道をしながら歩いて両方を訪ねてみることにしました。

綿神社

wpid-wara_002-2015-02-14-06-21.jpg
南面の参道

記憶をたどり、写真の場所がどのような所なのか調べてみると、若き日の織田信長の奇行を諌めるために死んだ、あの平手政秀が再建したいうことで有名な「綿(わた)神社」の境内にありました。

「綿神社」の起源は古く、延長5年(927年)にまとめられた延喜式神名帳に記載されている式内社。

ご祭神は海神である綿津見命の女で豊玉姫命の妹の玉依比売命。この志賀町一帯は、弥生前期に九州の福岡志賀島一帯から離れ、海辺伝いに全国に移住した綿津見命を祖とする「安曇族」の定住地のひとつだったようです。

海辺に限らず、川を遡って内陸部の安曇野にも名を残し、標高3190mの奥穂高岳山頂に嶺宮のある穂高神社はこの地の安曇氏が祖神を祀った古社で、中殿(主祭神)に「穂高見命」、左殿に「綿津見命」など海神を祀っている。内陸にあるにもかかわらず例大祭(御船神事)は大きな船形の山車が登場する。

Wikipedia

こんな世界が身近にあったなんて、古代弥生時代に思いを馳せてしまいそうです。

ただ、自分には「綿神社」自体、このあたりでは珍しく大きな木と雑木が生い茂った、こぢんまりとした社のあるところという記憶しか残っていません。けっしてそんな由緒ある神社とは思っていませんでした。

wpid-wara_003-2015-02-14-06-21.jpg
北面の入り口

南に面した参道からは一度も入ったことはなく、「綿神社」に対して北東にあった志賀団地からは、裏手にあたる北面から入り、社殿脇の小道を通り社務所に向かうのでそのように感じたのかもしれません。

そんな「綿神社」の裏手の隅にひっそりとその写真の光景が残っていました。

wpid-wara_004-2015-02-14-06-21.jpg
その北口右手奥にあったのが岩山におわします石仏群。

wpid-wara_005-2015-02-14-06-21.jpg

小さな社を囲むようにいろんな神様たちが立ち並んでいる不思議な別世界。

真夏の陽光に押しつぶされた蝉の声と涼やかな木陰に囲まれながら、一つ一つの石仏の顔を見ながらこの人たちは一体何者なのかと考えて少年時代特有のゆるやかな時間を過ごしていました。

しかしこれは一体何なのでしょう。

宮司のご内儀の話 その1

たまたま境内でお会いした宮司のお内儀の話によれば、

「これはもともと神社とは関係がなく、お祀りしていた方にお世話を託されたもの。」

お内儀は「御嶽山」と称していました。

御嶽神社

wpid-wara_006-2015-02-14-06-21.jpg
2014年9月27日に7年ぶりに噴火して1991年の雲仙普賢岳の火砕流による犠牲者数を上回る事態となった御嶽山。(Twitter より転載)

確かに、よく見ると前にあるふたつの石碑にはそれぞれ「普寛霊神」と「八大童子」の文字。ということは祠には御嶽山座王権現。周りを取り囲むのはどうやら霊神碑と不動八大童子の石碑のようです。

「普寛霊神の石碑」

霊神(れいじん)とは、過去の行者を神格化した存在。霊神碑は霊の依代として建立される石碑で木曽御嶽信仰の霊場に建立されます。

「八大童子」

不動明王は御嶽行者を守護する仏尊で八大童子と呼ばれる眷属を従えた形で造像されることもあるそうです。

眷属(けんぞく)とは仏、菩薩につき従う者。すなわち脇侍、随順する諸尊など。

wpid-wara_007-2015-02-14-06-21.jpg

サントリー美術館「高野山開創1200年記念 高野山の名宝」展

左から、指徳(しとく)童子、慧光(えこう)童子、矜羯羅(こんがら)童子、制多迦(せいたか)童子、烏倶婆伽(うぐばが)童子、清浄比丘(しょうじょうびく)、慧喜(えき)童子、阿耨達(あのくた)童子

そのほか、御嶽山で信仰される神仏は数多く、勢至菩薩、阿留摩耶天、白川大神、摩利支天、龍神、大江大権現、十二大権現、金剛童子、長崎大明神、大黒天、弁才天、薬師如来、文殊菩薩、弘法大師などがあります。

「龍神」

龍神は、御嶽山にある五つ火口湖に住む神として信仰されているので、この祠の隣に「白龍社」があるのもうなずけます。

wpid-wara_008-2015-02-14-06-21.jpg

あらためて見直してみると「綿神社」の裏手、御嶽山に向かう方向には、まるで富士塚のように御嶽山の信仰世界を模した別世界が広がるのでした。

本日の一曲
平成の昭和なCM


稲村なおこ 渡辺かおり CM 救心製薬 救心 「救心ソング」

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中