志賀団地と少年時代_ふたつのポイントホウス

「団地と少年時代_団地設計」に登場した「下駄を履いた親父の屋上写真」には長い間不明なことがありました。それは撮影された場所。 …

現在の東志賀公園

問題の「下駄を履いた親父の屋上写真」

最初は写真の右奥にみえる風景が海に浮かぶ小島にみえて自分の知らないどこか地方の団地の風景と気にも留めていませんでした。

ところがあるとき拡大してよくみると、それはどうも工場のようです。ということはこれは志賀団地で自分の住んでいる隣の棟の屋上で撮影したものだろうと確信しました。周囲に田んぼと工場が混在していてスターハウス棟のある団地は限られていたからです。

しばらくはそれで納得していたのですが、どうも違和感がありました。写っているスターハウス棟とフラット棟の配置関係についてです。

ベランダの方向からこの写真は東方向に撮られています。ところが自分のスターハウス棟から東側は公園なのですがそれが写っていません。それでは一体どこで撮ったのでしょう。

古書店で昭和30年代の名古屋地図を手に入れれば簡単だったかも知れません。しかしそこまでの発想がありませんでした。25年前に建て替えが行われて志賀団地についての資料がほとんど分からないのです。

ふたつのポイントホウス

そして2年ほど前、偶然にも東志賀小学校のホームページに開校50周年記念の『50年の歩み』という動画がアップされてるのを発見しました。(たぶん自分はその初年度入学にあたると思います。)

昭和36年頃 東志賀小学校HP『50年の歩み』より

その動画を見ているうちに気がついたのです。

志賀団地にはポイントホウスのエリアが二ヶ所にあったのです。写真中央の公園の左と右上です。右上のポイントホウスなら東側にフラット棟が写ります。

地図・空中写真閲覧サービス

これで大体の場所は分かりました。次は正確な撮影地点。

これについては国土地理院の地図・空中写真閲覧サービスで特定しようとしましたが、拡大画像が荒く断念しました。そこに名古屋市都市計画情報提供サービスが始まったのです。さっそく昭和30、39、44年度の都市計画基本図と手に入れて照合を始めたました。

名古屋市都市計画情報提供サービス
平成24年10月9日より、新たに都市計画基本図情報及び都市計画写真地図情報が閲覧・印刷できるようになりました。都市計画情報及び都市計画基本図情報、都市計画写真地図情報については、名古屋市都市計画情報提供サービス(インターネット)でも同様の内容を掲載しております。
名古屋市都市計画情報提供サービス

昭和30年度 都市計画基本図

昭和39年度 都市計画基本図

昭和44年度 都市計画基本図

拡大して工場と分かったのは当時の大隈鉄工。そして昭和30年度の都市計画基本図には志賀団地のスターハウス棟東側のフラット棟が3つしか描かれていませんが、後年度で1棟増やされています。撮影している屋上の高さは後方の棟のベランダから推測して3階の高さ。

最後の決め手は集会所

そしてこの写真。

これは公園北西側入口にあった集会所です。当時は図書室や派出所、葬儀といろいろ利用されていました。この屋根の上も大事な遊び場でした。

話が横道にそれましたが、本題は後ろに写っている右手の3階建ての棟。そしてその棟の奥にほんの少し頭をのぞかせているのが「下駄を履いた親父の屋上写真」左側に一部写り込んでいるスターハウス棟なのです。

つまり、

ということで一件落着。

温故知新できないインターネット社会の盲点

「子曰く、故きを温ねて、新しきを知れば、以って師と為るべし」

さすがに半世紀まえのことを思い出すのには苦労しました。インターネットでは最新情報は玉石混交で大量にありますが、1996年以前の貴重な資料でデジタル化されたものが思ったより少ないのです。ここが現在のインターネット社会の盲点かも知れません。

本日の一曲

小椋 佳 -野ざらしの駐車場

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