猿はマンキお金はマニ _鳴子ダイエー物語 7

『猿はマンキお金はマニ 日本人のための英語発音ルール』。要するに日本では猿はモンキー、お金はマネー、どっちも全く通じない。_Peter Barakan …

NHK-FM の「ウィ-クェンド・サンシャイン」 や WOWOW の「Jazz File」でお馴染のピーター・バラカン氏もまったく同じ時期にロンドンでレコード店員をやっていたのです。

Musicman-NET Musicman’s RELAY 第96回 ピーター・バラカン氏 5. シンコーミュージックへ入社

白鳳堂

かってダイエー鳴子店にあったレコード店の白鳳堂は手前の柱から左手にありました。

ここで1973年夏から1975年夏までの約2年間アルバイトをしていました。社長と奥さん、坂田利夫に似た店長さん、アルバイトのお姉さんと自分の総勢 5人でした。5坪に満たない小さな店でしたが、当時のレコードブームもあって実に忙しかった。

レコード店の朝

朝は商品棚からかぶせ布を取ることから始まります。はたきをかけ、次に掃除機で床掃除。それから商品棚と商品をカラ拭き。開店時間が近づくと ♪ダイエ~イ、ダイエ~イ、 エイエイエイエイエイダイエ~イ…  ダイエーのテーマソングが流れ始めます。ガードマンがシャッタを上げて、開店時間に合わせてドアを開けます。そしてしばらくの間じっと立って客を迎えます。

これがいつもの白鳳堂の朝の始まり。

商品カタログは万能便利帳

店長さんはレコード会社ごとの商品カタログに毎月送られてくる新譜の補正シールを貼り始めます。だんだんシールの厚みで膨らんでくるのですが、翌年にはそれが印刷されたすっきりしたものが届きます。それをまたシールで膨らませる。この繰返しでした。それから廃盤の商品には赤鉛筆でバツをつけ、入荷数と売上数をメモすることで在庫帳の役目もしていました。

万引きの見張り

土日の混雑時には万引きの見張り。とくにレコードより小型の音楽カセットの被害が多かったのです。

カセットを陳列する壁面の棚は商品がないと目立つようになっていましたが、それでも少し気をそらした隙にあっというまにやられてしまいました。どう考えても複数犯で店員の動きを見張りながらの犯行のような気がしました。さらに音楽カセットを手に取りながら空のケースとすり替える手口もありましたが,これは発見がかなり遅れるので厄介でした。

今は iPhone のカセットで音楽を聞く時代になりました。『AirCassette
 
 
間仕切りの文字と Apple の世界

レコード台はジャンルや歌手を透明プラスチックの板で仕切っていたのですが、その仕切り板の頭の部分にジャンル名や歌手名を書くのが好きでした。

まだフォントという概念がない時代でしたが「書体」というものに興味があり、暇さえあれば鉛筆と定規とマジックで書いていました。後にパーソナル・コンピュータ時代が到来したとき、全角と半角のベタ組みしかなかった PC8001と比較して Mac にはカーニングという概念があり、そのフォント文字は画面でも印刷でも美しく衝撃的でした。これが早い時期に Apple の世界に入るきっかけとなったのです。

レコード針の回転ケースは宝石箱

レジ近くにあったレコード針の収められた回転ケースはオーディオ好きにはまるで宝石箱でした。

スタイラスチップ(針先)は、ダイアモンド、ルビー、サファイアなどいろんな石からつくられていますので本物の宝石なのですが、メーカー仕様の赤・青・緑・白・黒などカラフルなアッタチメントと相まってそれらひとつずつが奏でる音色も違うわけですから、これはもうたまりません。どんな音が飛び出してくるのかとくるくる回して眺めるだけで夢が広がりました。

新しいLPレコード

レコード針の回転ケースの通路を挟んだ向かい側の棚にレコードスプレーとクリーナーが置かれていました。その下には楽譜の本。

シングル盤はそれほどでもありませんでしたが、新しく手に入れたLPレコードを初めて針を乗せるとき、それはアナログレコード世代の誰もが忘れることのできないあまりに懐かしい時間でした。

レコード盤をジャケットからポリ内袋ごと取り出します。次にポリ内袋に手を差し込みレコードの穴と縁の部分を持って傷つけないようにそっとレコード盤を取り出します。ポリ内袋がふわりとしてレコード盤が顔をだしたとき、新しいレコード盤はほんのり香ります。レコードスプレーをかけ、ベルベットのクリーナーでふき取ります。さらに光に反射させて細かいホコリや指紋がないか確認。新しいレコード盤のキズひとつない鏡面のような滑らかさに満足したあと、レコードスプレー独特の甘い芳香に包まれながら、プレーヤーにレコード盤を置き、息を殺して慎重にそっと針を下ろします。少し上下に揺れる盤上の針を見つめ、無音のレコードの溝から発する微かな雑音に耳を傾けながら、レコードジャケットに目を落とし、目の前に新しい音世界が現れる永遠にも永い瞬間を過ごすのでした。

楽器

ハナワベル

白鳳堂ではレコードだけではなくギターなどの楽器も扱っていました。アコースティックギター弦のほか、ピアニカ、カスタネット、ハーモニカ、大正琴、それに8トラックのカーステレオまで置いてありました。ギターはうまくなかったのですが、音叉を使ったギターの調弦は得意でした。その時買ったギターはその後、弟へ息子へと渡り再び自分の手元にあります。

カーステレオの想い出

ある日、あるお客さんが店頭に置いてある8トラックのカーステレオを指して「これをください。」と言いました。カーステレオなので家庭で使用する場合の電源のことなどを説明してから包装し代金をいただく際、それまで普通だったお客さんが体をねじ曲げて硬貨ばかり入った袋をとり出したのです。

1円、5円、10円、100円と硬貨の山を代金分数え終わり商品を渡しますと、ほんとうにうれしそうな顔をして「ありがとう。」と言って帰っていきました。残された硬貨の山を眺めながら、体の不自由な彼が、好きな音楽を聞くためにどれほど苦労してお金を貯めたということに思い至り「音楽って素晴らしい。」と感じたのでした。

それも今は昔のものがたり。

閉店日のダイエー鳴子店北入口

今日の一曲

やはりこの時代の代表曲はこれ。でもカレンも過去の人になってしまったのですね。


カーペンターズ・Yesterday Once More 1973年

NEXT → 残されていた二枚の紙切れ_鳴子ダイエー物語 8

広告