シンプルと「単純」

シンプルであることは、複雑であることよりむずかしい。

物事をシンプルにするためには、懸命に努力して思考を明瞭にしなければならないからだ。だが、それだけの価値はある。なぜなら、ひとたびそこに到達できれば、山をも動かせるからだ。

Steven Paul Jobs …


スティーブ・ジョブズ “シンプルに、前へ”

NHK BSプレミアム – ザ・プロファイラー

先日、NHK BSプレミアム – ザ・プロファイラーで「スティーブ・ジョブズ “シンプルに、前へ”」というタイトルでジョブズ氏をテーマに1時間番組が放送されました。

題名からすれば、ケン・シーゲル氏の『Think Simple アップルを生みだす熱狂的哲学』をベースに『禅と林檎 スティーブ・ジョブズという生き方』を加味した企画のようなので興味を引かれました。

残念ながら放送内容はコンセプトをあまり消化できていない中途半端な構成で、司会者の岡田准一は問題外としても、特に日本人の後だしジャンケン感想を元にしているのが内容を希薄にしてしまったようです。

もっとケン・シーゲル氏のインタビューを全面に打ち出し、乙川弘文氏との交流をドキュメンタリータッチで絡めた構成が欲しかったとおもいます。

NHKのプロデューサーでもそれだけの力量を持った方がまだすこしは残っているはずですから。

Patrick O’Hearn

「 “シンプルに、前へ”」でバックグラウンドで流されていたのが Patrick O’Hearn のアルバム『Glaciation』からの曲。
偶然にもこれはちょうど今年の春に手に入れた「ジョブズ本」を読む時に流していたアルバムなのです。


glaciation_Patrick O’Hearn

Patrick O’Hearn は、以前『時を超えた自然の叙事詩』というブログのなかで『Timeless: A National Parks Odyssey』のバックグラウンドで流されていた曲のミュージシャンとして紹介したのですが、残念ながら現在 iTunes では90年代以降のアルバムしか手に入りません。それ以前のものはCDからリッピングしてコレクションしています。

時を超えた自然の叙事詩_SUDAREの部屋

『Timeless: A National Parks Odyssey』

いわゆる「ジョブズ本」

いわゆる「ジョブズ本」は amazon で「スティーブ・ジョブズ」で検索すると5月の時点で 約100冊だったのが、現在では 400冊近くになっています。

有名どころでいえば、

『スティーブ・ジョブズ I・II』
『スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン―人々を惹きつける18の法則』
『スティーブ・ジョブズ名語録』

といったところでしょうか。

「 “シンプルに、前へ”」はゲストから想像すると数ある「ジョブズ本」のうち『Think Simple アップルを生みだす熱狂的哲学』と『禅と林檎 スティーブ・ジョブズという生き方』の二冊をもとにして少し違った角度からスティーブ・ジョブズに迫ろうと試みています。

ただこのプロデューサーには荷が重かったようで、希薄な印象でこの試みは失敗に終わったようです。

自分が実際に読んだのは『ゼン・オブ・スティーブ・ジョブズ』と『Think Simple アップルを生みだす熱狂的哲学』というマイナーな 2冊。『禅と林檎 スティーブ・ジョブズという生き方』は読んでいません。

シンク・シンプル

邦訳は、2012年5月25日リリース。『iMac』の名付け親であるケン・シーゲル氏の著作です。

著者は12年間ジョブズ氏と共に働いてきた広告のクリエイティブ・ディレクターで、ジョブズ氏を最も近い距離から見つめてきた人物のひとりです。ゆえに彼にしか知りえないさまざまなアップルでのエピソードを題材としながら、「シンプル」という哲学を、核となる10の要素に落としこんで紹介ています。

このようは読み方は特殊かも知れませんが、ほんとうに面白かったのは、有名なエピソードとは一線を画したシーン描写。

アップル社内の会議室でのやり取りが手に取るように実感でき、自分の若い頃マーケティング会議に出席したときに感じていた思いと重なり、読み進める間いつも感じられたすがすがしさは今でも忘れることができません。

ところでこの「シンプル」という言葉、単純なようでなかなか奥が深そう。

ナニ名詞

「シンプル」の訳語は名詞の熟語と思っていたのですが「単純」、「簡素」、「簡単」、「質実」、「質素」、「むだな点や複雑さなどのないさま」などの意味がある形容動詞ということ。これはいったいどのような品詞なのでしょうか。

形容動詞は、漢字熟語など元来活用しない語彙を形容詞的な用途に転用したものとのことですが、形容動詞は連体形をナ、連用形をニとするだけの違いであることから、ナニ名詞とも呼ばれるそうです。このように名詞との境界が曖昧な品詞なので、単一の品詞として扱うべきではないとの意見もあるようです。

こんな日本語文法は学校では習わなかったような気がしますが、単に当時授業をさぼっていて記憶に残っていないだけかもしれません。

それにしても人間という欲張りな存在にとってよけいなものをそぎ落としていくということはたいへんな苦痛と苦労を強いる作業です。「シンプル」への道は遠く険しいけれどそれを達成した満足感はすばらしいものでしょう。

ゼン・オブ・スティーブ・ジョブズ

最近は「ガロ」風の漫画に出会うことも少なくなりました。言い換えれば、「間」を描いたものが少なくなったと言えるのかもしれません。

例えば、つげ義春の作品はなぜ好きなのかを考えてみると、日常的な物語を言葉少なに描いたシンプルな絵のもつ「間」の醸し出す風情が何とも言えないのです。それがアメリカのコミックで「ガロ」風の漫画を読むことになるとは思いもよりませんでした。

この『ゼン・オブ・スティーブ・ジョブズ』は黒鉄ヒロシ風の画風で、デザインというテーマを通してジョブズ氏と乙川弘文禅師との出会いと交流と別れの「イメージを再構成した物語」を淡々と描き、けっこう味わい深いものとなっています。

ジョブズ氏と禅との出会いについて「 “シンプルに、前へ”」で紹介されてたエピソードが違うので、どちらがほんとうなのかわかりません。またジョブズ氏と禅の思想の関係を言葉として解説しているわけでもありません。

絵を通して、それも描かれていない空間に思いを込めてジョブズ氏と禅との関わりを表現しようとしています。「不立文字、教外別伝、直指人心、見性成仏」というわけではありませんが、デザインの思想を伝えるにはデザインでといったところでしょうか。

数ある「ジョブズ本」のなかでも異色のできですので、デザイン好きな方にはお薦めです。


新少林寺片尾曲《悟》

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