心に潜み続ける映画達

宣伝に誘われて映画館で観る映画もあるですが、午後の昼下がり、TV で流れる映画をぼんやり眺めていて、いつのまにか引き込まれ深い印象を残してしまう経験が何度かあります。

心が無防備のためなのか、その記憶はずっと長い間心深くに潜み続けます。 …

『眼には眼を』(1957)

小学校の3年ぐらいの頃、軽い風邪で休んだにときに観た『眼には眼を』。これもそんな作品です。

Story

砂漠の国シリアの小都市トラブロスの病院の、仏人医師ヴァルテル(クルト・ユルンス)はひょんなことから、一人の男につけ廻され始めた。--その男の妻の診療を彼が断ったため、病院へ向う途中、車が故障し、男は病妻を連れ、歩いてやっとたどりついた。更に悪いことに、宿直の若い医師が誤診し、手遅れになった。これらの不幸のもとは、みんなヴァルテルにあると、その男--ボルタク(フォルコ・ルリ)は思っているらしいのだ。深夜の怪電話。尾行。ヴァルテルの不安はつのった。彼が自分の立場を説明しようと、ボルタクを探し求めだすと、今度は逆に相手が逃げ廻る。ヴァルテルは彼を追ってアラビヤ人集落ラヤへ向い、途中、車が故障したボルタク父娘を拾った。ガソリンをきらせて、ラヤに泊った翌朝、ヴァルテルは奥地の村の怪我人の治療を頼まれた。その集落には白人への敵意が満ち満ちており、ヴァルテルは治療を断られた。その間に、彼の車のタイヤがなくなっていた。仕方なく泊った集落の喫茶店で、彼はボルタクに再会した。ボルタクは商用で来たのだという。ヴァルテルは病人の死について釈明した。翌日、ヴァルテルがラヤへ徒歩で向う途中、道端で休んでいるボルタクに出会った。ボルタクは後に残ると云ったのに。二度目に会った時、彼はボルタクのすすめで、ダマスクスへ近道の工事用ケーブルに同乗した。谷を渡っている時、彼の食糧と飲料の包がボルタクの身体にふれ、まっさかさまに落ちて行った。故意か? 砂漠--たまらぬ渇きが彼を襲い始めた。ダマスクスはまだか。あの山から見える。ボルタクはそう云ったが、そこからは何も見えなかった。山また山。草も木もない。罠だ。彼はボルタクに引っ張り廻されたのだ。一夜が明け、渇きはますますひどくなった。ダマスクスか井戸かと聞かれた時、彼は井戸を選んだ。井戸の方へ数キロ。が、それは空井戸だった。ついに、彼は倒れ、殺してくれ、死んだ方がましだと叫んだ。その時、ボルタクはやっと彼の本心を表した。俺も女房が死んだ時、そう思った。それを一度、おめえ、お医者様に言わせたかった。ボルタクは“復讐”を終えると、ヴァルテルにダマスクスへの道を教え、自分はそこでそのまま眼った。ヴァルテルはそのすきにカミソリでボルタクの手首を切った。ダマスクスへ十二時間以内に案内せねば、お前の傷はエソになる。ボルタクは泣き叫び、ヴァルテルを案内することを誓った。必ず治して下さいますな、お医者様。二人はよろめき歩き始める。ボルタクは傷の痛みに歩けなくなった。彼は倒れ、ヴァルテルにこの道をまっすぐ行けばダマスクスだと教えた。ヴァルテルは教えられた通りに歩み進んだ。ボルタクは倒れたまま笑いに笑った。蹌踉と歩くヴァルテルの行手は果てしない砂漠だった。

Pink Floyd- Careful With That Axe, Eugene

そして、うそのようでほんとにあった最近のニュース。

Ameneh Bahramiさんは、同じテヘラン大学に通う元恋人から顔に硫酸を浴びせられて失明した。 イランの裁判所は、彼女が仕返しとして加害者の Majid Movahedi の目にも硫酸をかけるという“おぞましい報復”を認める決定を下した。 旧約聖書にある「目には目を、歯には歯を」に則ったようなこの判決は、中世の正義が今なお支配的なイランでさえ論議が沸き起こる事態となった。

「目には目を、歯には歯を」との記述は、ハンムラビ法典196・197条にあるとされる(旧約聖書、新約聖書の各福音書にも同様の記述がある)。195条に子がその父を打ったときは、その手を切られる、205条に奴隷が自由民の頬をなぐれば耳を切り取られるといった条項もあり、「目には目を」が成立するのはあくまで対等な身分同士の者だけであった。

ハンムラビ法典の趣旨は犯罪に対して厳罰を加えることを主目的にしてはいない。古代バビロニアは多民族国家であり、当時の世界で最も進んだ文明国家だった。多様な人種が混在する社会を維持するにあたって司法制度は必要不可欠のものであり、基本的に、「何が犯罪行為であるかを明らかにして、その行為に対して刑罰を加える」のは現代の司法制度と同様で、刑罰の軽重を理由として一概に悪法と決めつけることはできない。財産の保障なども含まれており、ハンムラビ法典の内容を精査すると奴隷階級であっても一定の権利を認め、条件によっては奴隷解放を認める条文が存在し、女性の権利(女性の側から離婚する権利や夫と死別した寡婦を擁護する条文)が含まれている。

ハンムラビ法典の「目には目」と旧約聖書出エジプト記21章、レビ記24章、申命記19章における「目には目」の律法が似ているため、その関係がよく取り上げられるが、その詳細は異なる。ハンムラビ法典は上述のように、身分の違いによってその刑罰が異なるのに対し、聖書律法は身分の違いによる刑罰の軽重はない。

Wikipedia

『ミスター・ノーボディ』(1975)

セルジオ・レオーネの久々のマカロニ・ウェスタン。音楽はエンニオ・モリコーネ。出演はテレンス・ヒル、ヘンリー・フォンダ。

マカロニ・ウェスタンものでは一番のお気に入りになってしまいました。


Story

ここはアメリカ南西部の小さな田舎町。初老の早射ちガンマン、ジャック・ボーレガード(H・フォンダ)が、町の小さな電報局に立ち寄る。ニューオリンズからヨーロッパへ向けて出航する船の出発日時を確認するためだ。彼はガンマン稼業から足を洗い、ヨーロッパで残り少ない余生を静かに送る決心をしていた。彼は床屋で待ちぶせていた三人の無頼漢を難なく片づけると、小さな食堂に入り食事を注文した。そこへ金髪の若者(T・ヒル)が入ってきて、何か入ったバスケットを渡した。バスケットの中味は爆弾だった。やがて、ボーレガードは町はずれの墓地に立った。そこには金鉱の利権争いで殺された弟のネバダ・キッドの墓がある。背後に人の気配を感じ、ふり返るとさっきの若者が立っていた。若者は自ら雑魚と名のり、「あんたは俺の英雄さ、あんたの最後をこの眼でみたいのさ。この町の無法者を一人で片づけりゃ引退土産にふさわしい語り草になるぜ」といった。そのとき、凄い地鳴りがした。砂埃をあげて一五〇人のワイルド・バンチの登場だ。ボーレガードが線路の土手に三挺のカービン銃を準備するのを、ノーボディは冷やかに見つめていた。やがて一対一五〇の壮烈な銃撃戦が展開されていった。ボーレガードは正確に狙いを定め、ダイナマイトが入っている敵の鞍を片はしから爆破した。戦いは終わった。ボーレガードとノーボディは盗んだ機関車でニューオリンズに向かう。だがボーレガードが生きている限り、彼を殺してその後釜に坐ろうとする野望に燃えたガンマンが彼を追うだろう。それから逃れる手はただひとつ–ボーレガードが死ぬことだ。ニューオリンズに到着したボーレガードとノーボディは遂に宿命の対決に決着をつけなければならない。二人の拳銃が同時に火を吹く。次の瞬間、地面に崩れおれたのはボーレガードだった。だが、この決闘はボーレガードの伝説に終止符をうつための二人の仕組んだ芝居だった。船のなかで、ボーレガードはノーボディに手紙を書いた。「君はもう雑魚ではない。有名人だ。今に大勢のノーボディが君の命を狙うだろう……」。


My Name Is Nobody – Trailer (HQ)

マカロニ・ウェスタン

イタリア製西部劇をイギリス・アメリカ合衆国・イタリアなどでは、スパゲッティ・ウェスタン (Spaghetti Western) と呼んでいるが、セルジオ・レオーネ監督の『荒野の用心棒』が日本に輸入された際に、映画評論家の淀川長治が「スパゲッティでは細くて貧弱そうだ」ということで「マカロニ」と改名した。日本人による造語であるため、マカロニ・ウェスタンという言葉は他国では通用しない。

Wikipedia

『究極超人あ~るくん』(1991)

つい見入ってしまい、ふと気がつけば小学生の息子がとなりに。あまりの面白さにふたりで顔を合わせて笑ってしまいました。そんな作品です。


究極超人あ~るくん

『再会の街で』(2007)

バックに流れる曲が The Who の『Love Reign O’er Me』。やっぱり The Who はいいなと思って観ていました。

Story

アラン(ドン・チードル)はニューヨークの歯科医。仕事は順調で妻子にも恵まれ、他人から見れば文句のつけようのない人生を送っていた。しかしアランは何故か妻のジャニーンといると息が詰まりそうになるのだった。そんなアランがある日、大学時代のルームメイト、チャーリー(アダム・サンドラー)と偶然再会する。チャーリーはみすぼらしい格好をし、そのアパートにはドラムやギターが並んでいた。どうやら仕事はしていないらしい。アランは息苦しい家庭から逃れるようにチャーリーと頻繁に会うようになる。一方、チャーリーには9.11の事件で妻子を亡くしたという過去があり、これまでずっと人に対して心を閉ざしてきたのだった。チャーリーを何とか社会復帰させたいと願うアランは、彼をこっそりと精神科医に引き合わせようとするが、その小芝居は簡単に見抜かれ、チャーリーを怒らせてしまう。一方ジャニーンもチャーリーのことに執心するアランに不満を募らせていた。あなたはチャーリーの自由を羨んでいる、とジャニーンに指摘され、返す言葉を失うアラン。やがてアランの思いが通じたのか、チャーリーがセラピーを受けることに同意した。アランが紹介したのは同じビルで開業している精神科医のアンジェラだった。しかし、チャーリーが自分自身を見つめて心を開くのは思った以上に難しかった。アンジェラは、自分でなくても構わない、誰か他の人にでもいいから、家族を失ったことについて話して欲しい、とチャーリーに懇願した。するとチャーリーは、ドアの外で待っていたアランの隣に座り、静かに話し始めた。娘たちのこと、最愛の妻のこと、そしてあの日おこったことを……。

付録:過去ブログメモ
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公開日:2006/11/26 00:00

2001年宇宙の旅_漂泊

映画で感じた絶対孤独の漂泊感

眼には眼を(1957)

これをTVで観たときは、小学校の3年ぐらいの時でしたか。復讐によって主人公が砂漠に取り残され、ズームダウンされた先に荒涼とした砂漠が延々とつづくシーンはかなり印象的でした。その時からですか、絶対的な孤独について考えるようになったのは。(モノクロ映画と思っていましたが、後年再び観る機会があったとき本当はカラー映画なのでびっくりしました。)

2001年宇宙の旅(1968)

これは中学校の2年の春に映画館で一人で観た覚えがあります。感動してそのまま2時間30分を2回も観てしまいました。HALによってプール飛行士が宇宙服の命綱が切れて宇宙空間に放り出された。ボーマンの救助もHALに邪魔されてうまくいかず、たったひとりで広大な宇宙空間に漂い去っていく。画面のプールに自分を置き換え、こんなとき人はいったい何を考えるのかと想像しながら観ていました。そして昔見た「眼には眼を」を思い出しながら、絶対的な孤独が支配したとき、今まで見えていなかった世界が現れると感じていました。映画の本当の意図はその場では理解できませんでしたが、なんとなく納得してしまったのはこのためでしょう。

2001年にPod出現

2001年に実際に現れたPodは、Discovery号のTheOne-ManSpacePodではなく、Macを母艦としたiPodなのは皆さんご存知ですね。

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