『スタジオジブリ物語』

テレビマンユニオン、ステディカム?一体ジブリで何が行われているのかと思っていました。 …

3月4日(金) 午後から、テレビマンユニオンによる番組の取材が行なわれました。インタビューや物撮りをした後、最後に、ステディカムを持ち込んでのスタジオ現場の撮影も。カメラはすごく重そうで、「(もう若くないかもしれない?)関さん、がんばって!」と心の中で応援する広報スタッフなのでした。

いつものジブリ日誌

スタジオジブリ物語

 

2011年3月19日 「スタジオジブリ物語」放送のお知らせ

3月21日(月・祝)に「スタジオジブリ物語」という番組が放送されます。 「もののけ姫はこうして生まれた」のドキュメンタリーを制作したテレビマンユニオンの浦谷さんと、日本テレビが協力して作った大型番組です。
なお、緊急事態の発生などで、放送時間が変更になったり、番組の放送が中止になることも、十分予想されます。 その場合は、ご了承下さい。
放送日時: 3月21日(月・祝) 21:00~23:18 放送局: 日本テレビ系列局 タイトル: 「スタジオジブリ物語」(仮題) 出演: 渡辺謙、蒼井優ほか
なお、一部地域では3月20日(日)17:00~17:25に事前予告番組も放送されるそうです。 こちらも、あわせて、ご覧いただければと思います。

ということでしたが無事に放送されました。

震災報道以外で長時間 TV をじっくり観るのは久しぶりでしたが、知らなかったエピソードも多く、たいへん興味深いドキュメンタリーでした。できればもう一度観たいのですが、民放としては長時間の番組ですので、現在のところ再放送の予定はなさそうです。Youtube にもアップロードされていません。

ジブリ作品の採点表

Top 8 Ghibli Anime Ranking(English Version)

ジブリ作品について自分の内では、

◎ 風の谷のナウシカ 1984年
◎ 天空の城ラピュタ 1986年
◎ となりのトトロ  1988年
● 火垂るの墓    1988年
◎ 魔女の宅急便   1989年
● おもひでぽろぽろ 1991年
◎ 紅の豚      1992年
○ 平成狸合戦ぽんぽこ1994年
◎ 耳をすませば   1995年
○ もののけ姫    1997年
● ホーホケキョ となりの山田くん 1999年
◎ 千と千尋の神隠し 2001年
? 猫の恩返し    2002年
○ ハウルの動く城  2004年
● ゲド戦記     2006年
○ 崖の上のポニョ  2008年
? 借りぐらしのアリエッティ 2010年
?コクリコ坂から  2011年

という採点表になっています。

なぜか高畑 勲が監督した作品はどれも表現がおもしろくありません。とくに、いしいひさいちの『おじゃまんが山田くん』は好きな作品ですが、この『ホーホケキョ となりの山田くん』は最悪でした。なんであのジブリがこんな作品を作ったのか理解できていません。

宮﨑 駿先生(1941年生)と高畑 勲(1935年生)は、6歳違うのですが、どうも1930年代生まれと1940年代前半生まれとは微妙に違いがあるようです。そして自分の生まれた50年代後半とは「団塊の世代」を挟んだ前後の世代でもあります。以前から感じているのは、隔世遺伝のように「団塊の世代」以前の世代と共感を持つことが多かったということです。しかし30年代生まれとなると妙に過去が漂う現実感がありどうしても夢を感じることができないところがあります。これは戦争体験と敗戦後の復興期を過ごした世代の違いなのでしょうか。

この点について『スタジオジブリ物語』でやっとなんとなく分かったような気がしました。

『コクリコ坂から』の主題歌発表記者会見

スタジオジブリ最新作『コクリコ坂から』の主題歌発表記者会見が28日、東京・小金井市のスタジオジブリで行われました。この会見で皆が注目していたのは、監督の宮崎吾朗の言ではなく、今回企画・脚本にまわった宮崎駿氏の11日に発生した東日本大震災についてでした。
「港の見える丘」

流行(はや)っているものはやらない、というのがジブリの誇りでした。しかし、あまりにも自分たちを取り巻く(世界)、自分たちの生活そのものもよどんできて、不安だけが(途切れなく流れる)通奏低音になっているような時代にいったい何を作るのかということを自分たちは問われているんだと思います。そういう意味でこのヒロインの海という少女の願いや少年の雄々しく生きようという気持ちはこれからの時代にも絶対必要なものだと思います。

残念なことに私たちの文明はこの試練に耐えられない。だからこれからどういう形の文明を作っていくか、ということの模索を始めなければならないと思います。誰のせいだとかあいつのせいだとか言う前に、敬虔(けいけん)な気持ちでその事態に向き合わなければならないと思います。今、何十万の人間が寒さに震え、飢えに震え、それから放射能の前線に立っているレスキューや自衛隊員や職員のことを思うと、その犠牲に対して感謝と……、誇らしく思います。文明論を軽々しく語る時ではない、敬虔で謙虚な気持ちでいなければならないと思いますが、この映画がこの時代に多くの人たちに何かの支えになってくれたらうれしいなと思っています。

私たちの島は、繰り返し繰り返し地震と火山と台風と津波に襲われてきた島です。それでも実はこの島は、非常に自然の豊かな恵まれた国だと思います。多くの困難や苦しみがあっても、もう一度、もっとより美しい島にしていく努力の甲斐のある土地だと思います。今は本当に、埋葬されない人をいっぱい抱えながら、あまり立派なことは言いたくありませんが、この自然現象の中で国を作ってきたわけですから、そのこと自体を僕らは絶望したりする必要はない。むしろ「プロメテウスの火」(原子力)をどうコントロールできるのか。本当に国土の一部を喪失しつつある事態になりつつありますから、この事態にどう対応できるのかが問われている。私はもうこの年ですから、この土地から一歩もひかないと決めています。

すでに次の自分の作品の準備に入っているそうで、宮崎駿先生がこの大震災を経て作品でどのようなメッセージを表現するのか楽しみです。

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