サラとアメリア

コラボレーションにもいろいろありますが、これは一体。

グレゴリアン・チャント恐るべし。

この声明(しょうみょう)とグレゴリアン・チャントとのコラボは、そんなに新しい試みではないようで、過去にも1995年には日本でコンサートが開かれています。

この1995年頃というのが重要で、こんなところにもエニグマの影響があったのかと感心してしまいます。

第22回「JAL唐招堤寺音舞台」

そして2009年の「JAL唐招堤寺音舞台」。

Gregorian feat. Amelia Brightman – Moment Of Peace & Arrival Live at Toshodaiji in Japan

観ていてサラ・ブライトマンが、いやに若くなったな。といった印象があったのですが、クレジットをよく見てみると「Amelia Brightman」とあるではありませんか。

「アメリア・ブライトマンとグレゴリアン」の組み合わせということで、彼女のお姉さんである「サラ・ブライトマンとエニグマ」のコラボ時代を思い出したのです。

Amelia Brightman, Sarah Brightman, Gregorian – Moment of Peace

サラ・ブライトマンとエニグマ

サラ・ブライトマンは1990年代前半、あるムーブメントの渦中にいました。それは、エレクトロニカ(電子音楽)と民族音楽やグレゴリオ聖歌、カンタータなどの古典音楽との融合したサウンドの流れでした。

サラ・ブライトマンは、ドイツを拠点とする音楽グループ、エニグマからソロ歌手として活動するよう薦められていた。1991年に彼女はドイツを訪れ、エニグマのメンバーであるフランク・ピーターソンをプロデューサーに迎えることとなった。こうして制作されたのが1993年のアルバム『Dive』である。深海をテーマにしたこのアルバムにはスウェーデンのバンド、Diveのデビュー・シングル「キャプテン・ニモ」のカバーが収録された。ピーターソンは私生活のパートナーにもなり、この関係は2004年頃まで続いた。

『Captain Nemo』(1993)
なんとなく、ケイト・ブッシュを彷彿とさせる映像ですね。


『Time To Say Goodbye』(1996)
ボチェッリにデュエットを申し出て大ヒットした有名な曲。

『Eden』(1998)
この曲がサラの最高傑作と思っています。

〈エニグマ〉

1990年暮れ、ヴァージン・レコードからシングル「サッドネス・パート1」でデビュー。翌1991年初頭には本国ドイツを始めヨーロッパ各国でヒットし、2月にはアメリカでも発売され、4月にはトップ5入りを果たす。また、この年に発売された1stアルバム「サッドネス・永遠の謎 (MCMXC a.D.)」もヒットした。同作品の世界的なヒットにより、全面に使用されたグレゴリオ聖歌が再び脚光を浴びるという波及効果をもたらしている。

Enigma – A The voice of Enigma

〈グレゴリアン・チャント〉

このエニグマによって引き起こされたのが、グレゴリアン・チャントブームです。


Canto Gregoriano – De Silos

こうしたグレゴリオ聖歌の大衆的な人気を象徴する事件となったのがサント・ドミンゴ・デ・シロス修道院のベネディクト会士によるアルバム「CANTO GREGORIANO」のスペインにおける大ヒットである。1993年10月22日、スペインEMI社は数年前に吸収合併したイスパボックス社の保有する音源の中からグレゴリオ聖歌を収めた2枚組のCDをリリースした。これに際し同社には特にカタログの隙間を埋めるという以上の意図はなかったとされる。ところがこのCDは発売されるや並みいる人気アーティストを抑えてヒット・チャートのトップに躍り出て、翌1994年1月までに25万枚を超える驚異的な売上げを記録したのである。

1980年代から90年代のニューエイジ・ミュージックやワールドミュージック隆盛の中で、大衆的な人気を得た。グレゴリオ聖歌を聴くと脳内にベータ波が発生するという社会通念が広まり、「癒しの音楽」としてのグレゴリオ聖歌の人気を高めた。

このアルバムを今は亡きお袋に贈ったのが原因かもしれませんが、キリスト教に関心を抱き、熱心に教会に通い始めてしまいました。その勢いに、親父は仏教、お袋はキリスト教、墓守の私はどうしたらいいのだろうと悩んだ時期もありました。

(後から思えば、同じ仏教でも宗派が異なると、ご本尊やお経、作法も違いますのでよく似た問題だったのですので、それほど気にすることはなかったのですが 。)

〈老人飲酒歌騒動〉

1993年、パラマウント映画「硝子の塔(Sliver)」(主演=シャロン・ストーン)のフィリップ・ノイス監督より同映画への音楽を依頼され、2曲の新曲と前作アルバムの1曲を提供した。その新曲の1曲である「カーリーの歌(Carly’s song)」は、更に改訂されて「エイジ・オブ・ロンリネス(カーリーの歌)(Age Of Lonliness (Carly’s song))」と改題され、翌1994年にリリースされた2ndアルバム「エニグマ2 ザ・クロス・オブ・チェンジス (The Cross of Changes)」の7曲目に収録された。なお、同アルバムからは「リターン・トゥ・イノセンス(Return To Innocence」がシングル・カットされ、エニグマの代表曲のひとつとされている。このリターン・トゥ・イノセンスについては、サンプリング元の音源になった台湾アミ族の歌い手であるDifang Kuo(郭英夫)らに、1998年、音源の無断使用につき訴訟を提訴されたが、のち和解金の支払いと更なるリリースについてはDifang Kuoらをクレジットする(ロイヤリティ含む)ことで和解している。この件についてクレトゥは、録音の時点では、パブリックドメインに属する音源と信じていたという趣旨の弁解をしている。またこの一件を機に、それまでワールドミュージックのひとつとして認識されていた「台湾原住民」の音楽が広く知られることとなった。

Enigma – Return To Innocence

Elders Drinking Song by Difang (老人飲酒歌,郭英男)

アミ族の歌はかつてエニグマの1993年のヒット曲、『Return to Innocence』にフィーチャーされ世界的に有名になったことがある。1996年のアトランタオリンピックのテーマソングともなったこの曲では、アミ族のパフォーマンスグループの一員郭英男(ディファン、Difang)および妻のイガイ(Igay、中国名郭 秀珠)が1988年のパリでの文化交流で披露した「老人飲酒歌」のコーラスが使われた。 パリでのパフォーマンスはCDにされ、ここからエニグマのメンバーであるミヒャエル・クレトゥがコーラスをサンプリングして曲にしたが、後に夫妻から無断使用およびクレジットに名前を載せなかったことにより訴えられた。クレトゥは、この音源をパブリック・ドメインと勘違いしており著作権違反のつもりはなかったと述べたが、和解金の支払いと今後クレジットに夫妻の名を載せることを条件にして裁判は終了した。和解金はほぼアミ族文化振興のため寄付されている。

よくネイティブアメリカンの曲と間違われるのですが、そのネイティブアメリカンも「残念ながら言葉は違うがけれど、いいね。」と感想を述べています。

I’m Native American And This Is Sung In the Taiwanese Language.. Close But No Cigar,,, Love the song nonetheless…..

〈ディープ・フォレスト〉

今考えると、1993年前後、ワールドミュージックをサンプラーするのが流行っていたのかもしれません。時代の雰囲気とマッチして、もうひとつの名曲が生まれています。

それは『Sweet Lullaby』。フランスに誕生した音楽ユニット、ディープ・フォレスト (Deep Forest)の曲。

エリック・ムーケと、ミシェル・サンチェーズからなるフランスの音楽ユニットである。基盤となるエレクトロニカ(電子音楽)上に、世界各国・各地域の民族音楽をサンプラー演奏、もしくは実演奏している。 シーケンスのドラム・ベース・シンセサイザーなど「打ち込み音」によるトラック(カラオケ)の上に、あらかじめ録音された人間の肉声(節回し・叫び声)・動物の声・自然音などを(装飾音やオブリガート風に)要所要所に散りばめてゆく。後期になると歌そのものを前面に押し出した楽曲が増えてゆくものの、電子楽器の上に多様な人声をかぶせてゆくといった傾向は健在である。 デビュー・アルバムは1993年グラミー賞でベスト・ワールド・アルバム賞に選ばれた。1996年にはアルバム2作目『ボエム』が賞を受ける。

Deep Forest – Sweet Lullaby (original)

やはり、時代がミュージックのムーブメントを生み出していくのでしょう。

そしてアメリア・ブライトマンとグレゴリアン

このエニグマから派生した聖歌ユニットにグレゴリアンがあります。ここに、サラ・ブライトマンの末妹のアメリア・ブライトマンも参加しているのです。

エニグマのメンバーでもあった、フランク・ピーターソンを中心としたプロジェクト、グレゴリアン。ピーターソンはエニグマで活躍した後、サラ・ブライトマンのアルバム制作に携わり手腕を発揮、満を持してグレゴリアンのプロジェクトに着手した。日本デビューとなったのは99年のアルバム『マスターズ・オブ・チャント』から。イギリス国教会の聖歌の達人たちが、ロック/ポップスの名曲を幻想的なアンビエント・サウンドにのせて歌う、という究極のヒーリング・ミュージックは世界中で好評を博し、シリーズが次々とリリースされている。


Gregorian & Amelia Brightman – Join Me


Amelia Brightman – Fly


本日の一曲

しかし、やはりグレゴリアンは、この曲が最高。


『Running Up That Hill』Gregorian

20170515
女性監督アンドレア・アーノルドの描いた「嵐が丘」(2011年)
この表情、最高ですね。

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