40年ぶりの再会。

やっと iTunes に The Mystic Moods Orchestra の「Emotions」が登場しました。 …

自分の感性の方向性を決定づけたかもしれないレコードとの40年ぶりの再会。

少々大げさかもしれませんが、小学生の頃に手に入れたこの一枚のレコードから、いろいろなものを得ました。

エレガンス/メディアミックス/ノスタルジー/哀愁/ロードムービー

ただ、日本で発売された The Mystic Moods Orchestra の「Emotions」は、実際にはA面を「Emotions」B面を「The Mystic Moods of Love」からのピックアップで構成されていましたので、正確には全く同じものとは言えません。しかし、現在はこの2枚ともダウンロードしましたので、再構成は可能です。

その年代には特異かもしれない時期

何を隠そう、「中学生から社会人になるまでの間、TV を観ていない」人間なのです。

事の発端は、中学に進学した年の4月、親が持ち出した提案でした。
「TV を見ないのだったら、レコード代を出す。」

もともと TV よりも音楽が好きだったので、取引成立。結局、「中学生から社会人になるまでの間、TV を観ていない」人間となりました。それでも最初の頃は、「アニメ」だけは 30 分ほど観ていましたが、それも数年間でやめました。

今思えば、当時の普通な子供としては特異な時期を送ったのかもしれません。何故ならその当時の TV が関わった話題を知らないのです。その代わり、音楽、映画、読書三昧となったのでした。弊害として、友人との会話に TV の番組がでてきてもさっぱり分かりませんでしたが、たかが TV のことなので気になりませんでした。

TV という受動的な装置は、名作映画を 4:3 の比率で編集して台無しにしたり、大切な言葉が TV 的な通俗なイメージで限定されたり、情報への能動的な態度をマヒさせたりと、あまりよい影響は与えません。(このあたりは、インターネットのおかげで自由度が増え TV 離れが著しいのはすばらしいことです。)

代わりに、音楽については評論家の評価は信用せず、音楽の善し悪しは自分で聴いて判断するようになっていました。ですからジャンルはけっこう幅広く聴いていました。

それが高じて、大学在学中の4年間、ずっとレコード屋でアルバイトすることにもなったのでした。

イージーリスニング全盛期

「Emotions」が登場した1968年頃は、ストリングス中心のオーケストラが聴かせるイージーリスニングが人気を集めていました。

マントヴァーニー、フランク・チャックスフィールド、ウェルナー・ミューラー、パーシー・フェイス、フランク・プゥルセル、レイモン・ルフェーブル、カラベリ、ポール・モーリア、フェランテとタイシャー、リチャード・クレイダーマン、ピエール・ポルト、スティーブン・シュラックス、フランク・ミルズ、ベルト・ケンプフェルト、ジェームス・ラスト、ハーブ・アルパートとティファナ・ブラス。

NHK第一ラジオの「夢のハーモニー」は必聴の番組で、曲のイントロが始まった瞬間、演奏オーケストラが分かるくらい聞き込みました。お気に入りは「101ストリングス」でしたが、あまり取り上げられなかった覚えがあります。このときに耳から体感したのが「エレガンス」のエッセンスのような気がします。これはもう、一生消えることのないものでしょう。

「夢のハーモニー」から10年程して、始まったのが「クロスオーバー イレブン」。

イージーリスニングの発展系として登場したアダルト・コンテンポラリーな曲を中心に、個性的な男性俳優陣のナレーションによるスクリプトが語られる、すばらしく「かっこいい」音楽番組でした。さらに「エレガンス」さに磨きがかかります。

現在、かれこれ30年近く続いた、ソフィスケートな音楽ジャンルも消え去り、「エレガンス」は死語となり、雰囲気をもった女性もいなくなりました。
もともと日本女性の文化的背景では「エレガンス」は難しかったのかもしれません。残念なことですね。

ということで、現在は唯一ソフィスケートされた音楽が生き残っている「ニューエイジ」というジャンルで音楽を楽しんでいます。

夢のハーモニー(1965年~1984年)
クロスオーバー イレブン(1978年〜2001年)Opening
Ending
azymuth

サンホセへの道

ヴィム・ヴェンダース監督の「パリ、テキサス」という映画にでてくる「パリ」はフランスではなくテキサス州のパリスのことです。


同様に San Jose と San José とほとんどスペルは同じなのですが、「サンホセ」という地名もコスタリカの首都のことではなく、サンフランシスコから少し南にある「サンノゼ」のことなのです。 San Jose は原音により近く表記すると「セァヌホウゼイ」で、サンノゼ市の発行する日本語のパンフレットにはスペイン語読みで「サンホセ」と表記されているそうです。

サンホセへの道
1967年のH.David とB.Bacharach による曲ですが、ディオンヌ・ワーウィックの歌が有名です。

あなたは、サン・ホセへの道を知っているかしら
わたしはずいぶん長い間離れていたから
きっと道を間違えて迷ってしまうわ
あなたは、サン・ホセへの道を知っているかしら
やすらぎを求めて私はサン・ホセに帰るの

LAは、いかした巨大なハイウェイ
100ドルも出せば車が買えるし
一週間か二週間もあればスターになれる
数週間が数年に、あっという間に時は過ぎて
すべてのスターたちも消えていく
そして車を駐車したりガソリンを入れたりしているの

サン・ホセに行ったら元気になれるわ
土地は広いし
私の居場所はどこにでもあるから
私はサン・ホセで生まれ育ったの
やすらぎを求めて私はサン・ホセに帰るの

名声と富はまるで磁石のようなものね
あなたを家庭からどんどん引き離す力を持っているの
あなたの心に夢さえあれば、決して孤独にはならない
でも、夢は塵となって吹き飛ばされてしまう
そうしたらあなたは友達もなく一人ぼっちになってしまうの
だから、あなたは車に荷物を載せて走っていくのね

LAは、いかした巨大なハイウェイ
100ドルも出せば車が買えるし
一週間か二週間もあればスターになれる
数週間が数年に、あっという間に時は過ぎて
すべてのスターたちも消えていく
そして車を駐車したりガソリンを入れたりしているの

サン・ホセにはたくさんの友達がいるわ
あなたは、サン・ホセへの道を知っているかしら
はやくサン・ホセに帰りたい・・・

Do You Know the Way to San Jose_The Mystic Moods Orchestra(iTunes)

「サン・ホセへの道」は、夢破れ、サンホセへ帰郷する気持ちを唄った曲ですが、The Mystic Moods Orchestra は、コオロギの鳴く踏み切りを列車が通過するところから始まります。そしてハイウエーを疾走して、風景が流れていく情景を実に見事に表現しています。

この野外で生録された音とオーケストラによるエレガントな曲との絶妙なミックスは、新しい世界を感じさせました。音の世界だけだったのですが、現在のメディアミックスの表現の可能性に気づいた瞬間です。のちに、「スライド」「動画」そして「デジタル」「ネットワーク」が加わり、いまは、最高の状態だと感じています。

しかし、映像もないのにこの臨場感。目を閉じれば、自分がその主人公と化してしまっています。まさに「アメリカンロードムービー」の音楽版です。1970年代といえばアメリカでは、30年代に対するノスタルジーに溢れた作品が相次いで発表された頃です。それは、アメリカンニューシネマの絶頂期でアメリカンロードムービーのいい映画がいっぱいありました。

『イージー・ライダー』 Easy Rider (1969)
『明日に向って撃て!』 Butch Cassidy and the Sundance Kid (1969)
『真夜中のカーボーイ』 Midnight Cowboy (1969)
『ペーパームーン』Papermoon (1973)
『ハリーとトント』Harry and Tonto (1974)

本当は、サンフランシスコから少し南に位置しているのですが、長い間、実際に世界地図を調べることもなく、「サンホセ」という町は、ロサンゼルスよりずっと南、ニューメキシコ州付近のどこかと思っていましたから、この曲を聴いて連想する風景も、西部劇にでてくるニューメキシコ州のハイウエーのイメージでした。最近、そんな勝手なイメージにぴったりだったのは、NHK 世界触れ合い街歩き「アメリカ ルート66」のサンタフェでした。

NHK 世界ふれ合い街歩き「アメリカ ルート66」

放送部


そんなことから、中学時代は、3年間放送部。大学では音楽とともに「生録」(生の音源を、自分自身で録音する)の世界にはまっていき、それが高じて、放送部を立ち上げてしまいました。
(この放送部、創設当時は、8 名ぐらいでしたが、現在は数十名の部員数を誇る、その大学でも一二を争う大所帯になっているそうです。)

当時、アルバイトして貯めた金で、発売されたばかりの「カセットデンスケ」を手に入れ、録音三昧。
いい思い出です。
いまは、そのデンスケもいまやフラッシュメモリー内蔵の CPM レコーダーと姿を変えています。

君は「ナマ録ブーム」を知っているか

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