漱石と電子ブックとニューエイジ音楽 02

美禰子が晶子よりずっと魅力的な女性に感じるのは何故でしょう。 …


平塚雷鳥

1908年(明治41年) 3月24日   森田草平・平塚らいてう心中未遂 (塩原事件)
1908年(明治41年) 9月 1日   夏目漱石「三四郎」連載開始 (朝日新聞)

漱石は、「三四郎」に登場する美禰子について、「美禰子を書きながら、朋子はこんな女性ではないだろうかと思っていた」と小宮豊隆に語っているように、美禰子は、漱石の弟子である森田草平と心中未遂事件を起こした、婦人運動家平塚雷鳥(平塚 明 ひらつか はる)がモデルなのだそうです。

実際の平塚雷鳥については、松岡正剛氏の 「千夜千冊」1206夜 に詳しいので、じっくり読んでいただくとして、この見方が平塚雷鳥の実像とすれば、与謝野晶子などよりずっと魅力的な女性に感じるのは何故でしょう。

心中未遂事件の翌年、森田草平は漱石の推薦で小説『煤煙』を朝日新聞に連載し、これが彼の文壇デビューとなります。このあたりは、文壇における漱石の生臭さ、あるいは女性に対する軽視を感じさせるのですが、それとは別に「三四郎」を絵画的に読んだとき、「印象派」の風景が目に浮かんでくるのです。文章を絵画的に表現している漱石の力量には感服してしまいました。

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