足るを知れ

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記憶に刻まれた言葉は、小学生の頃に担任の住職先生が発した「形あるものはいつか崩れる。」が最初でした。

デスクトップピクチャ

Windowsの世界の「壁紙」。「机の上」に壁紙というのは不自然なのですが、「窓」が開かれる連想でこのように呼ばれているそうです。気になって調べてみると、最近のMicrosoftのWindows7のページでは「デスクトップの背景(壁紙とも呼ばれる)」と記述されています。

Macのデスクトップピクチャの「自然」のカテゴリーに「RockGarden」という画像があります。これは龍安寺(りょうあんじ)の方丈庭園、つまり「龍安寺の石庭」の画像です。あとは本当に自然の画像ばかりなので、Appleがこの庭園画像をこのカテゴリーに入れていることには少々興味を引かれます。

龍安寺

この龍安寺、世界での日本のZEN(禅)ブームと相俟って日本人より海外の観光客の来訪者の比率が高いそうで、タンジェリンドリームも『LEPARC』というアルバムにその印象を表現しています。全編を流れるゆったりとした「鹿威し」を連想させるパーカッションとともに、そこはかとなく「もののあわれ」を感じさせるメロディー。外国人が日本を表現するときに多い中国風と日本風の錯誤が無く、彼らはその本質を汲み取っているようです。

今日はこの曲を聴きながら書いています。

知足のつくばい

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その龍安寺のもう一つの見どころに「知足のつくばい(蹲踞)」があります。水を溜めておくための中央の四角い穴が右回りで「吾唯足知」の4つの漢字の「へん」や「つくり」の「口」として共有されているので、一見「五・隹・疋・矢」と読める。この「吾唯足知」その語順があいまいで、日本読みでは「吾唯足知」、漢文読みでは「吾唯知足」が素直なのですが、どちらが正しいのかよくわかりません。

どちらにしても「われ ただ たるを しる」と読みます。

知足

「知足」という語は、昔から戒めの言葉としてあるらしく、

老子
人を知る者は智、自ずから知る者は明。
人に勝つ者は力有り、自ずから勝つ者は強し。
足るを知る者は富み、強(つと)め行う者は志有り。
其の所を失わざる者は久しく、死して亡びざる者は寿(いのちなが)し。

老子
道徳経 第三十三章

遺教経
「若し諸の苦悩を脱せんと欲せば、まさに知足を観ずべし。知足の法は即ち
富楽安穏の処なり。知足の人は地上に臥すといえども、安楽なりとなす。
不知足の者は富むといえども、しかも貧し。不知足の者は常に五欲のために
牽かれて、知足の者のために憐憫せらる。是を知足と名づく」

葉隠
我が知恵一分の知恵ばかりにて
万事をなす故、
私となり天道に背き、悪事と
なるなり。脇より見たる所、きたなく、
手よわく、せまく、はたらかざるなり。
真の知恵にかなひがたき時は、
知恵のある人に談合するがよし。
その人は、我が上にてこれなき故、
私なく有体の知恵にて了簡する時、道に叶うものなり。
脇より見る時、根づよく慥かに見ゆるなり。たとえば
大木の根多きが如し。一人の知恵は突っ立ちたる木のごとし。

この「知足」もともと日本人には私欲の追求には節度を求める感覚があり、共感を呼びやすく、印象に残りやすい言葉のひとつです。

井上陽水

初めてこの「知足」に近いことを考えさせられたのは、井上陽水の初アルバム『断絶』(1972/05/01発売)に収録された一曲『限りない欲望』を聞いたときです。大学一年の多感な時代でしたので、この歌詞は衝撃的でした。人間の心の中に無限に増長する欲望は、『2001年宇宙の旅』で描かれた漆黒で無限な宇宙空間のイメージと重なり、ある意味、絶望感さえ覚え、いつも「何故」と考えたものでした。

限りないものそれが欲望
流れゆくものそれが欲望
子供の時欲しかった白い靴
母にねだり手に入れた白い靴
いつでもそれをどこでもそれをはいていた
ある日僕はおつかいに町へ出て
靴屋さんの前を見て立ち止った
すてきな靴が飾ってあった青い靴

限りないものそれが欲望
流れゆくものそれが欲望
僕が20才になった時君に会い
君が僕のすべてだと思ってた
すてきな君を欲しいと思い求めていた
君と僕が教会で結ばれて
指輪をかわす君の指その指が
なんだか僕は見飽きたようでいやになる

限りないものそれが欲望
流れゆくものそれが欲望
僕はやがて年をとり死んでゆく
僕はそれをあたりまえと思ってる
それでも僕はどうせ死ぬなら天国へ

限りないものそれが欲望
流れゆくものそれが欲望
終りないものそれが欲望

浮浪雲

再びこの「知足」という語に出会ったのは、それから10年ほど経って、『浮浪雲』を読みあさっていた頃です。

作者のジョージ秋山先生の作品は、『パットマンX』(1967)の頃から読んでいるのですが、有名な『アシュラ』『錢ゲバ』の有害図書指定騒動では、小学生の時に江戸川乱歩を読みあさっていたせいなのか、飢餓から人肉を食べ、我が子までをも食べようとする女の描写で、何故そんなに大騒ぎするのか理解できませんでした。

その後、ジョージ秋山先生が1973年から『ビッグコミックオリジナル』に『浮浪雲』の連載を開始したのです。当然、はまりました。先の井上陽水の『断絶』といい、そういう時代だったのでしょうか。

1973年

「ベトナム戦争終結」「PARCO」「円変動相場制移行」「輪島大士」「金大中」「ブラックジャック」「月刊COM復刊即廃刊」
「エクソシスト」「スティング」「アメリカン・グラフティ」「パピヨン」「追憶」「ダーティハリー2」「ラスト・タンゴ・イン・パリ」「ペーパー・ムーン」「007死ぬのは奴らだ」「スケアクロウ」「燃えよドラゴン」「ジャッカルの日」
「女のみち」「神田川」「傘がない」「夢の中へ」「心もよう」「心の旅」「ロマンス」「ジョニィへの伝言」「赤い風船」「なみだ恋」「他人の関係」「怨み節」「わたしの彼は左きき」「わたしの青い鳥」「中学三年生」「青い果実」「同棲時代」「みずいろの手紙」「紙風船」「そして、神戸」「傷つく世代」「赤とんぼの唄」「個人授業」「てんとう虫のサンバ」「狙いうち」「さそり座の女」「雨のヨコハマ」「夜間飛行」「シング」「イエスタデイ・ワンス・モア」「愛の休日」「カリフォルニアの青い空」

1974年

「小野田寛郎」「志村けんのドリフターズ正式加入」「モナ・リザ展」「北の湖」「ベルばら初演」「三菱重工爆破事件」「日本赤軍ハーグ事件」「三木武夫」「田中角栄首相辞任」「かもめのジョナサン」「ノストラダムスの大予言」「華麗なる一族」「アルプスの少女ハイジ放映開始」
「タワーリング・インフェルノ」「大地震」「ゴッドファーザーPARTII」「エアポート’75」「ロンゲスト・ヤード」「オリエント急行の殺人」「ハリーとトント」「チャイナタウン」「ハリーとトント」「カンバセーション…盗聴…」「さらば冬のかもめ」「砂の器」
「ひと夏の経験」「おかあさん」「ひまわり娘」「木枯しの二人」「二人でお酒を」「襟裳岬」「あなた」「赤ちょうちん」「妹」「精霊流し」「私は泣いています」「傷だらけのローラ」「よろしく哀愁」積木の部屋」「ふれあい」「母に捧げるバラード」「岬めぐり」「しのび恋」「なみだの操」「昭和枯れすすき」「うそ」「恋のダイヤル6700」「空港」「イエスタディ・ワンス・モア」

懐かしい。この頃の音楽や映画はほとんど見たり聞いたりしています。よくまあそれだけの暇と時間があったものです。

話は戻りますが、 この『浮浪雲』を読んでいて出会ったのが、「足るを知れ」というせりふでした。この言葉は、小学生の頃に担任の住職先生が発した「形あるものはいつか崩れる」という言葉に続いて、記憶に刻まれました。この『浮浪雲』ではもうひとつ記憶に残るせりふがあります。

「蟻になれ」

といってもこれは若い頃の話。今は

「飛ばねえ豚は、ただの豚だ。」

「ここではあなたのお国より、もうちょっと人生が複雑なの。」

おしゃれでかっこいい。でもやはり、漫画(アニメ『紅の豚』)からですね。

リーマンショックと知足

大和総研にこんな文章がありました。

その頃聞こえてきた欧米破綻企業のCEOたちは、公的資金が注入されているにもかかわらず、破格のボーナスや社用ジェットなど庶民感情を逆なでする私欲の追求が報じられていた。日本人には私欲の追求に当然節度があったし、みな「吾唯足知」を自戒の言葉としていたはずだ。

季刊誌「経営戦略研究」vol.21より
知足者富、強行者有志

サブプライムローン問題を背景に、2007年のアメリカの住宅バブル崩壊に端を発した世界金融危機は歴史に残るものとなりました。1929年のウォール街の暴落から1931年の世界恐慌の始まりまでは2年ほどのタイムラグがありましたので、これがポール・クルーグマン教授の「第二次世界恐慌の始まり」なのかは現在進行中なのでわかりませんが、まだ、世界中の公的資金注入によって一時的に息をついている状態です。

リーマンショック後の欧米破綻企業のCEOたちの行動を見て、「知足」を想った日本人も多いことでしょう。バブル崩壊の原因も「知足」不足であったのですが、さらに輪をかけて救済中の行動をみて、なんと欲深なと感じたはずです。自分たちの1990年のバブル崩壊とそんなに変わらないのですけれど。

もともとビジネスの社会では、釈迦も老子も関係なく、「知足者富」は当然のことであった。ビジネスの3つの資源といわれる「ヒト、モノ、カネ」のいずれをとっても、ただ量の大きさだけで評価されるものはない。価値を高めるものは、稼働率であった。稼働率の悪いヒトは、整理されなければならない。稼働率の悪いモノは設備であっても製品であっても、廃棄されなくてはならない。稼働率の悪いカネは、持っていても役に立たない。M&Aの標的になるだけであれば、株主に還元されるべきである。ビジネスの世界では、もともと「知足者富、強行者有志」であったのである。

この文章の結びには自身の行いを正当化するための、古今東西の名言の引用するときに似た居心地の悪さを感じます。
ほんとうに人間の浅はかな知恵で考えた「稼働率」を高めることは素晴らしいことなのでしょうか。

わたしはインドで、インド人から最近のジョークを教わりました。
日本人がインドに来て、漁業講習会を開いてくれた。こういう道具・機械を使って、
こんなふうにして魚を獲ると、現在の二倍も三倍も魚が獲れると教えてくれた。
出席したインド人は感心した。ところが、一人のインド人が質問した。
「なるほど、そのようにすれば、二倍も三倍も魚が獲れそうだ。
だが、二倍も三倍も魚が獲れて、それでいったいどうなるのか?」
予期せぬ質問だったが、日本人はともかくも「そうなると、お金が儲かる」と答えた。
インド人はさらに質問をする。「じゃあ、お金が儲かってどうなるのか?」
「暇ができる」
インド人はさらに追及してきます。
「なるほど、暇ができるというのはよくわかる。それじゃあ、われわれはその暇をどうして潰せばいいのだ?」
日本人は「ゴルフでもすればいいじゃないか」と言おうと思ったのだが、
どうもインドの漁民にゴルフは似合わないから、こう答えたそうです。
「それじゃあ、魚でも釣っていればいいでしょう」

ひろさちや 「般若心経」生き方のヒントより

ひろさちや氏は今年になって、こんな本も
『けちのすすめ』 仏教が教える少欲知足

アメリカ経済の破綻によって日本社会にも大きな“不安”が広がっている。お金、仕事、病気、老後はどうなるのか? ベストセラー『「狂い」のすすめ』で新しい生き方を提案した著者は、その不安はすべて欲望の裏返しだと指摘する。ではどう生きたらいいか。今の世の中では「少欲知足」すなわち欲を少なくしてケチに生きることで人生は楽になるという。欲を捨てられない人達が大不況を生きるための処方箋。

ひろさちや氏については興味もなくあまりよく知りません。ただあまりにもタイムリーなタイミングでの出版でなかなか商売上手と感じてしまいます。

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