愛しのイルミネーションクラブ_memento mori

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なかなかなFlashなサイトを見つけました。

なかなかなFlashなサイトを見つけました。

magic Matt’s Brilliant Blinky’s
<< マルウェアが含まれているという表示のためリンクを切りました。アクセスにはご注意ください。

ちょっとフラッシュ違いでしたね。でもこのキラキラの迫力、いいですね。

大好きです。

でもほんとうは、フラッシュ系ではなくてネオン系の店を探していたのです。
ネオン好きの始まりも「2001年宇宙の旅」からです。

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Podの操縦席のカラフルなボタン。「hal」
ボーマンがスターゲートで出合う光の洪水。「jupiter」

ここにネオン好きの原点があります。

とくにこの「jupiter」という章は後のスペースムービーの映像表現に大きな影響を与えています。この当時、どうやって宇宙まで行って撮ってきたのだろうと真剣に考えていましたっけ。

名古屋の栄に国内最大級のディスコ・クラブ-ドレスコードがオープンしたそうです。

platinum

当店は男性23歳未満、女性20歳未満のお客様及び、男性のジーンズにTシャツ及びショートパンツ、サンダル等の軽装でのご入場をお断りしております。男性の方はジャケットの着用をお願いします。(身分証のご提示をお願いする場合もございます。)

行ってみようかな。

ディスコといえば、そのブームのときどきに関わっていましたっけ。

discotimemachine

90年代前半
ジュリアナ東京

このころは、「岡本夏生」ラインのファッション・ブティック「cassolo」を数店、展開していましたが、結局採算に届かず、涙の撤収となりました…

80年代後半
マハラジャ

マハラジャという店名の命名者は、スカルノ元インドネシア大統領夫人のデヴィ・スカルノだそうですが、この頃「トゥーリア」でバリライトという照明の落下事故の照明を製作したデザイナーと付き合っていました。彼は名古屋キング&クイーンも手がけていました。

話は遡って、70年代後半のディスコの話。

地方の話題で申し訳ないのですが、初めてディスコに行ったのは名古屋駅前のレジャック「ステージセブン」です。

「ディスコ」とはどんなところなんだろ、と割引券片手にオープンまもないこの店に行ったのですが、お客が数人しかいません。何をしていいのか分からないのでとりあえずダンスフロアに行ってみました。そこには女性客がたった一人だけ小さく体を揺すりながら踊っていました。大きなダンスフロアにたったひとりだけ。

おかしいなアメリカではディスコは大ブームで満員なのになどと思っていたところ、Stevie Wonderの「迷信」が流れ始めると突然、彼女が実に官能的に踊り出したのです。その「美しさ」に感動してしまい、しばらく身動きが取れなかったのを覚えています。

これが、自分の青春時代のディスコ遍歴の始まりでした。それからというものの週に3日は通いました。友達を自分の部屋に呼んで、ステップの練習をしてそれから繰り出したのです。帰りには深夜喫茶で「インベーダーゲーム」に朝まで遊んでそのまま出勤という生活でした。

そして「イルミネーション・クラブ」と「クロスオーバーイレブン」

ここに「サタディナイトフィバー」ブームの到来です。

だんだん盛況になる「ステージセブン」と集団のステップに嫌気が差して、自分に合った店探しを始めました。そしてどのような経緯なのかは記憶が定かではありませんが、見つけたのが「イルミネーション・クラブ」でした。

繁華街から道一本離れたオフィス街のビルの地下にぽつんとあったのです。
(かなりマイナーなディスコクラブだったのでしょうね、ネット検索してもほとんどヒットしません。)

ちょうど、NHKFMで「クロスオーバーイレブン」が始まったのもこの頃です。

「もうすぐ、時計の針は12時を回ろうとしています。今日と明日が出会う時―クロスオーバーイレブン」このナレーションで始まるこの番組はとにかくアダルトコンテンポラリーの選曲センスが最高でした。

クロスオーバーイレブン

その「クロスオーバーイレブン」と「イルミネーション・クラブ」が同時に自分の前に忽然と現れたのです。

この「イルミネーション・クラブ」も巷のディスコとは違いアダルトコンテンポラリー系の曲が多くかかる、ちょっと変わった店でした。ここで初めて聞いたThe Brothers Jonsonの「Right On Time」が自分のダンスミュージックテーマとなり、この曲が流れ始めると誰にも負けないオリジナルステップを披露したものです。(この曲で踊るのは自分一人で、たいてい次のEarth, Wind & Fireの「Fantasy」でおおいに盛り上がったのですが…)

そして自分はいつも「DOMON」の1920年代風のダブルのストライプスーツを着込み、入って右手の大きなアレカヤシの前に置かれたラタンのピーコックの大きな椅子が定席でした。(当時の「DOMON」に替わって、 今はなんと紳士服のAOKIの「ジャンレノ」がお気に入りブランドなのです。)

この「イルミネーション・クラブ」での最高の思い出をひとつ。

ある冬の日、いつものように店を後にして階段を上り、扉を開けたとき、目に飛び込んできたのが一面の雪景色です。

たった今までの喧騒から瞬間に静寂の風景に包み込まれたとき、なんともいえないさわやかな気持ちがしました。不思議なことに今あるその時の記憶は、扉を開けて空を見上げている自分ではなくて、それを道路の向こう側で見ているもうひとりの自分の風景なのです。 もう二度とそんな風景に出合うこともないでしょう。

この記憶は将来、絵で描きたい記憶のひとつです。

数年前その場所をたまたま通りかかったので入ってみたら、なんと中華料理屋になっていました。

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